王女、銀細工師と結婚しました!
あんとんぱんこ
第1話
「エリアーデ、本気なのか…?」
「えぇ、お父様。わたくしは彼の妻となり弟子となり、死が二人を別つまで添い遂げますわ。後から彼も、お時間を頂いてお父様にご挨拶に伺うと申しておりました。ですから、女王にはなりませんし、お継母様のお腹の子に丸投げさせて頂きますわ」
「…妃とは馬が合わんか?仲良くやっていたと思っていたが…」
「別に何もないですわよ?お継母様は優しい方ですし、幼いときにお亡くなりになったお母様と過ごした時間と同じだけの時間をご一緒してますもの。不満は、何もありませんわ。むしろ、お父様とこの国の事をよろしくお願いしますと切に願っておりますわ。ただただ、わたくしが彼と共に居たいというだけの我儘ですわ」
「だが、王位継承権を捨てて、王女が平民に嫁ぐなど…前代未聞だ」
「何事にも、初めてはあるものですわ。初代様だって、元は農民の子ではありませんか。お父様、どんな立場でも命の価値は同じです。そして、どこに居ようと何をしていようと家族の絆は消えません。そうでしょう?」
「そう…だが…エリアーデが立ち上げた、魔導士協会はどうするのだ…王族として、貴族として途中やりで放り出すなどダメだろう?」
「あちらは、ちゃんと特級魔導士である赤のフィーダ様にお話を致しました。あの方は王族の血が流れる公爵家のお血筋ですし、やる気になって頂けましたわ。問題はありません」
「…だが…だが…」
「お父様…わたくしもお父様と離れるのは寂しいですわ。ですが、お母様が国を捨てこの国に嫁いだように、わたくしも愛に生きていきたいのです。例え、それで短命に終わろうとも、返って来る愛が少なくとも構わないのです。ですから、どうか、お許しください」
私が国の王位継承権第1位である姫の立場も何かもを捨てる出会いをしたのは、15歳になったばかりの慣例による成人の儀の一環である王都視察の時だった。
王城から出て王都の貴族街の街を歩き、数店の店主に声を掛けて民衆に向けた成人王族となった抱負などを演説して終わりのはずだった。
でも、出会ってしまった。
貴族街の端っこの市民街との境に立つ小さな店の軒先で、陽の光を反射した見事な銀細工と、それを真剣な眼差しで作る漆黒の闇を髪に落としたかのような黒髪の彼に。
彼は、他の店主たちの様に外に出て私を見に来ていなかった。
窓辺の銀細工が陽の光を反射しなければ、きっと私は気付かずに帰っていた。
なのに、彼と出会った。銀細工が、2人の出会いを導いたかのように。
「こんにちわ。見学してもよろしいですか?」
「構いません」
「ありがとう存じます。今は、どのような工程をなさっていらっしゃるのですか?」
「磨いています。細工の小さな溝まで艶を出すためです」
「そんなに細かな所まで、手作業で磨くのですね。美しいですわ」
「はい。煌めきはこの艶に比例して増していきますから、手を抜くことは出来ません」
「素晴らしいですわ。その手を抜かぬ心が、ここの細工達をこんなにも輝かせているのですね」
「ありがとうございます」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありませんわ。わたくし、エリアーデと申します。お名前を伺っても?」
「クレメンテと申します。王女様とは思わず、失礼な口利きを致しましたこと、お詫び申し上げます。どうぞ、ご容赦を…」
「いいえ、いいえ、わたくしがお仕事中にお邪魔してしまったのです。どうか、頭をお上げになって?」
慌てて立ち上がって下げていた頭を上げた彼の瞳は、髪と同じ黒色なのにまるで磨いた黒曜石のように輝いていて、私は目が離せなかった。
彼がこの時何を思っていたのかなんてこの時の私にはわからなったけれど、私はこの人に心を奪われたことだけはハッキリと分かった。
だから、思わず言ってしまった。
「クレメンテ様、私をあなたのお嫁さんにしてくださいませ」
「は…?え…?いえ、いいえ!私はそのようなことは出来ません。お戯れは、ご容赦頂きたく。誠に申し訳ありません」
「わたくしは…わたくしは、本気です。ですが、突然のことで驚かせてしまったことは申し訳なく思います。ですので、またお伺致します。あの、どうぞ、よろしくお願い致します」
何であんなことを言ってしまったのか自分でも訳が分からないし、最後まで訳の分からないことを言った気もする。
バタバタとお店を出て、馬車に乗り込んでいつの間にかお城に帰っていた。
側付きの従者も流石に開いた口が開きっぱなしだったし、貴族街の集まっていらした方々も口が開きっぱなしの目が開きっぱなしだったのは、ちょっとした恐怖だった。
それからの私は、お詫びの手土産を持ってとか、細工のお話を聞きにとか、お手伝いをしにとか、お買い物をしにとか、何とか口実を作っては彼に会いに行った。
始めは公女の機嫌を損ねぬ様にと、よそ行きの対応をしてくれていた彼も、次第に気楽に話してくれるようになり、売り物には出来ないが自分で使うなら作ってもいいと指導をしてくれるようになり、私も本格的に彼と銀細工にのめり込んでいった。
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