第33話幼き娘
「何でしょうか?」
俺に言葉を返してくる、前に一瞬無月の方に顔を向け口を動かし何か言っているような気がしたがはっきりと聞き取ることはできなかった。
その男は見た目60代ぐらいで顔のところどころにメスを入れたような傷跡がある。
「この絵お好きなんですか?」
周りに人がいるからというのが関係しているのかどうなのかなんとなく宗教のことをいきなり聞くことにためらいを覚え別の言葉を挟む。
「私はこの絵がとても好きなんです」
その絵に書かれているのは3歳ぐらいの女の子で、小さな花を手に持ち広い緑の草原を眺めている。
「この絵に書かれてる女の子を見ていると昔の娘を思い出すんです」
言いながら俺の横にいる無月の方に顔を向け嬉しそうな表情を浮かべる。
その表情はなんとなくその絵に書かれている3歳ぐらいの女の子と重ねてみているようでもあった。
3歳ぐらいの女の子と今の無月の見た目は全然違うかもしれないが雰囲気がどこか似ていたのかもしれない。
「娘さん可愛らしい方だったんですね」
「ええ、とても可愛らしい自慢の娘でした」
可愛らしい娘でしたという過去形の言い方に俺は少し疑問を覚えたが、その言葉の意味はすぐにわかった。
「とは言っても私は娘のまだ小さい時にとある事情で家を出て行かなければいけなくなってそれ以来会っていないんですけどね」
「…そうだったんですねすいません変なことを聞いてしまって」
「いえ、すいません私の方こそこんな暗い話を赤の他人の方にしてしまうなんて」
「そもそも家を出て行く理由を作ったのも私自身ですから自業自得ですよ」
自分を納得させるような笑いを顔に浮かべ言う。
「会えるといいですね、その娘さんともう一度」
「ええ」
「突然こんなことを言って申し訳ないんですがあなたここの近くにある宗教団体のトップの方ですよね?」
俺は確認するような口調で尋ねる。
「それがどうかしましたか?」
特に言い訳をすることもなくあっさりと認めた。
「いきなりの提案で申し訳ないんですがその宗教の話を聞きがてら近くのカフェでお話をしませんか?」
「なるほど確かにここでずっと立って喋っているのは作品を鑑賞している方々の邪魔になりますからね」
どうでもいいことかもしれないがなんとなく前に同じように修道服を着ていた男の人よりも深く頭を隠しているような感じがする。
「それじゃあ少しついてきてもらっていいですか?」
「分かりました」
それから美術館を出て近くのカフェへ向かう。
女の店員に3名であることを伝え座る席に案内してもらう。
「私に聞きたい話というのは具体的にどんな話なのでしょうか?」
「入団希望でしょうか?」
「いいえ、入団希望の話をしたいわけではなく入団した時の話を聞かせて欲しいんです」
「入団した時の話というのは私のですか?」
「はいそうです」
短く言葉を返すとゆっくりと昔どういう経緯で宗教に入ることになったのか教えてくれる。
「私は元々家庭にいろいろな問題を抱えていてお金に苦しんでいたんです」
「その時一番宗教のトップだった男の人に入団を勧められ言われるがままに宗教に入りました」
この人が言ってることが本当だとすればやっぱり生活に困っている人たちをメインで宗教に引き込んでなかなかその場所から抜けづらくするっていう戦略を取ってるのか。
「そうだったんですか」
「最初に聞くの忘れてたんですけど何かお茶しながら話します?」
「私はコーヒー系だったら何でもいいので適当に頼んでください」
「分かりました」
言葉を返し俺の近くにあったメニューを手に取る。
「その今着てる服ってどんな感じになってるんですか?」
一旦メニュー表のページから目線を外し尋ねる。
何か理由があったわけではなく個人的に気になったので何となく尋ねてみる。
「この服は何の代わり映えもしないただの服ですよ」
「しいて言うことがあるとすれば生地が少し薄めなので今日みたいな少し寒い日は冷えるんです」
「それじゃあ暖かいコーヒーを注文しておきますね」
「…はい」
テーブルに置いてあるボタンを押し店員を呼ぶ。
それからホットコーヒーを一つ頼む。
「そういう服は歴史の本とかでしか見たことがなかったので今もあるんだって少し驚きです」
「この服自体別の宗教の服をモデルにしている部分が結構あるのでそう思われるのかもしれません」
「参考にしていると言っても今の宗教の服ではなく少し前の服を参考にしているのでなおさらそういう風に見えてもおかしくはありません」
そんな話をしていると注文していた飲み物が届いた。
「こちらご注文いただいたホットコーヒーになります」
「ありがとうございます」
男がそのコーヒーの入ったカップを受け取る。
「また何かありましたらそこに置いてある呼び出しボタンでお呼びください」
「ありがとうございます」
言ったと同時に隣の席から呼び出しのコールが聞こえ席の方へとかけていく。
その頼んだコーヒーを男がゆっくりと自分の口へと運ぶ。
その動きを見ていると俺はなぜか違和感を感じた。
なんだこの何とも言えない違和感みたいなものは?
俺が考えていると。
「あ!」
手で持っていたコーヒーが入ったカップを滑らせ中に入っているコーヒーが右手に全てかかってしまった。
「……暑い!」
すると今まで黙って話を聞いていた無月が椅子から立ち上がりポケットからハンカチを取り出す。
「よかったらこれ使ってください」
言ってポケットから取り出したハンカチを手渡す。
「すいませんありがとうございます」
申し訳なさそうに言いながらハンカチを受け取り手にかかってしまったコーヒーを拭き取る。
それからしばらく話をしちょうど話しに区切りがついたところでお金を払いその店を出た。
「今ふと思ったんだけどあなた宗教の人から話を聞くとき宗教に興味があるんですけどって言う方するじゃない」
「そうですね」
短く言葉を返す。
「でも結局宗教に入る気なんてサラサラないわけでしょう」
「目的が宗教メンバーの人たちから情報を聞き出すことだけですから」
「かなりそれを繰り返してきたと思うんだけどブラックリストかなんかに載ってないのかしら?」
「勝手に俺を犯罪者予備軍みたいな感じにしないでくださいよ」
「もしこれを犯罪として成立させるなら詐欺罪になるわね」
「何で俺をそんなに犯罪者にしたいんですか!」
まあでもブラックリストに載っているかは分からないが少なからず宗教のメンバーの中で噂程度にはなってるんじゃないか。
「さっきまで話してたあの男の人どっかで見たことがあるような?」
「遠い昔に似たような人と会ったことがあるとか?」
「でも似たような人と会ったような記憶が一切ないんだけど」
「変な言い方になるんだけどあの男の人の顔のパーツを見たことがあるっていうかなんて言うか」
そんな話をしていると家にたどり着き、中に入るなり無月は冷蔵庫の中を開けご飯を作る材料があるか確認する。
「ご飯を作る材料がないから少しスーパーまで行って食材買ってくる」
「それなら俺も一緒に行きますよいつも1人で買い出しに行かせてしまって申し訳ないですし」
「大丈夫そんなにいっぱい何かを買う予定はないからあなたはこの家で留守番してて」
申し訳なく思いながらもこれ以上食い下がる必要もないかと思い大人しく言われた通りこの家で留守番をしていることにした。
「分かりました気をつけて行ってきてくださいね」
「ええ」
短く言って家を出て行く。
「はぁ留守番をするのはいいが特にやることもないしかと言って何かやりたいことがあるわけでもない」
小さなため息をもらす。
俺はテーブルに頬杖をつきながら今さっきあってきた男について考える。
「それにしてもあの男から感じた不思議な違和感は何なんだ」
あの男が持つ雰囲気とかではない別の何かに違和感を覚えた。
あの男時があの時していた動きは日常の中でありふれた飲み物を飲むという動きだけだ。
考えていると家のチャイムの音が聞こえてくる。
無月が忘れ物でもしたのかと思いインターホン越しに出る。
確認してみるとそこに立っていたのは勇輝。
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