第26話鳥かごに囚われた心
「誠に勝手なお願いだということはわかってます、それでもあの子を助けてあげてください」
「鳥かごからあの子の心を解き放ってあげてください」
ゆっくりと俺の方に顔を向け静かに深々と頭を下げる。
その言葉には何も答えず頷くこともしない。
鳥かごから心を解き放つという部分には頷けるが、きっとこの人はその後も生きてほしいと思っている。
自分を苦しめる過去など忘れ普通の人と同じように色々な壁にぶつかりながら楽しんで生きていける人生を歩んでほしいと思っている。
だが今の彼女が、無月が望んでいる結末は自分は全く悪くないと親が勝手に宗教にはまって日常をめちゃくちゃにしたことを知った上で心が軽くなった状態で命を絶とうとしている。
俺はその決断に口出しすることはできない。
なぜなら自分の命の価値は自分で決めるものであって他人が口出ししていいことではないからだ。
俺は公園の出入り口に向かってこいだ車椅子を一度止め後ろに振り返る。
「大丈夫ですよどんなことがあっても俺が最後まで結果を見届けますから」
「たとえどんな決断をしたとしても」
言って公園を出た。
俺は知っている無月が自殺をしようとしていることを。
だから最後まで見届ける。
おばあちゃんはよくわかっていない表情をしていたが気づかないふりをする。
無月がこの先に生きる未来があるとすれば俺はもう関わらないだろう。
お互いの歯車はかみ合うことなくそれぞれ別の場所で生活をし当たり前のように日常を送っていくだろう。
俺は無月がどんな未来に羽ばたいていくのか見ることはできない。
公園を出てしばらく待っていると無月がゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。
「カフェで美味しいものは食べられましたか?」
「いや特に食べたいものはなかったからとりあえずあなたにこのお金は返す」
さっき渡した1000円を返してくる。
なぜ1000円を渡してまで席を外してもらってからあの人と話したのかと言われればなるべく嫌なことを思い出さないようにするためだ。
これまで宗教団体のメンバーと一緒に合っているので理由にはなっていないかもしれないがそれでも気休め程度にはなっているはずだ。
「ありがとうございました今日は俺にわざわざ付き合ってもらって」
「このぐらい手間でもなんでもない」
「帰りましょうか」
それから帰るための電車に乗る。
この前来た時と同じように無月は電車の窓から見える景色を見ようとはしなかった。
しばらく電車に揺られ気がつけば帰ってきていた。
家に帰り家の中の時計を見てみるともうお昼の時間になろうとしていた。
無月は何も言わずそれが当たり前のようにキッチンに向かいお昼ご飯を作ろうとしてくれている。
俺は料理を作ってくれている間席につき再び考える。
今まで宗教のことを探っていけばどうして両親2人が宗教にはまってしまったのか見えてくると思っていたが今のところその気配は全くない。
30年前の事件と関係があるという先入観を一度取り除き考えてみる。
何度も何度も考え話し合ったことではあるが今までの大前提は宗教の事件と絡めて考えていた。
最初の頃は証拠も何もつかめていなかったのでそんなことはなかったが、一度考えを元に戻し別の角度から見る必要がありそうだ。
いざ考え始めようとしたその時目の前にお皿が置かれる。
そのお皿に乗せられていたのは焼きそばだった。
「思い詰めたような顔をしてどうしたの?」
今までの考え方が間違っていたんじゃないかと簡単に伝える。
「なるほどねつまり30年前の事件は全く関係なく別のところにお父さんとお母さんが出会いお互いに宗教にどっぷり使ってしまった理由があると?」
「少なくとも今まで見落としていた結論が少なからず見えてくると思います」
「結果的に30年前の事件が関係あるにしろないにしろ別の角度から物事を見るのは無駄ではないでしょう」
「それじゃあ、あなたの推理を聞かせてくれるかしら」
「推理と言えるほどの論理を展開できるかは分かりませんが理由はつけられると思います」
「まず宗教にはまってしまった理由ですがお母さんはもともと難病を患っていて藁にも縋る気持ちで家の中の仏壇に置かれている神様に必死になって祈りを捧げていた」
「ちょっと待ってそれだとお母さんが宗教にはまった理由にはなるかもしれないけどお父さんはどう説明するの?」
「お父さんの方の家系がみんな宗教に入っていてその神様に祈りを捧げるのが当たり前だと思っていた」
「元々お父さんの方の家系が宗教の考えを引き継いでたって言うならそこから離れたお父さんは完全には無理でも少しは洗脳が解けてもおかしくなかったんじゃない?」
「むしろあの2人は日が経つにつれてだんだんと洗脳の力が増しているような気がした」
「実際お母さんの方は最初は家の家事をやっていたのに最後の方は全くやらなくなった」
「大体お父さんとお母さんのことを抜きにするにしてもあの日記はどう説明するの?」
そもそもまだまだ分かっていないことが多すぎる。
必要な証拠がだんだんと集まってきているように見えてその全てが全く違うバラバラのピース。
おそらくまだ足りていないピースがいくつかある。
「もう一度あの人に話を聞いてみたらどう」
「あの人ってどの人ですか?」
「あの随分前にあった駅のホームにかなり早い時間から行って待ってるって言ってた人」
そう言われても誰のことを言っているのか全く想像できない。
「前に話を聞くために古本屋の前で待っていた人」
「ああ、ちょっとスーツがよれてる人ですか!」
その思い出し方はどうなのだろうと口に出した後に思った。
なんだよスーツがよれてる人って。
「その人」
我ながらよくこのわずかなヒントで他人のことを当てられたと思う。
確かにこのまま2人で考えていてもしょうがないのでダメもとで古本屋の前まで行ってみることにした。
だがしばらく待ってもその人は来ない。
やっぱりあの人に会うためには朝早くにここに来て待ち構えている方が確実か。
そもそもあの男の人に初めて会った時の最後の方はもうすっかり怯えてしまって話にならなかったので、俺たちの顔を見た瞬間に話すらできないなんて言う状況にならなければいいが。
あの最後の反応から考えてその可能性は十分にある。
目の前から1人のスーツを着た男の人がくる。
肩を落としいかにもやる気のなさそうな顔つきをしてこっちに向かってくる男の人は俺たちが探していた人だった。
「あの…お久しぶりです、また少し話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
あからさまに嫌そうな顔をして目をそらす。
おそらく自分があの時頭を抱えてわけがわからなくなった時のことを思い出しているんだろう。
できることならすぐにこの場から逃げたいと言わんばかりの表情をしている
「大丈夫ですあなたのことについては聞かないので安心してください」
「少しだけなら」
渋々と言った感じではあるが了承してくれた。
「ありがとうございます」
近くのカフェに入って話し合いをすることにした。
「いつもこの時間に仕事終わって帰るんですか?」
俺は自然な口調で訪ねる。
「いいえいつもはもっと遅いんですが今日はたまたま早く帰れることになって」
「私自身のことじゃないならあなたは何を聞きたいんですか?」
「あなたがいた時の宗教の幹部の人たちについてです」
「あなたを含め修道服を身につけている男の人には会ったことがあるんですがあと2人の方にはあったことがなくて」
「その幹部の人たちについて何か知っていますか?」
「知っています」
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