第21話依存の手口

「無月さんお父さんてどんな人だったんですか?」


車椅子を漕ぎながらふとした口調で尋ねる。


「どうなんでしょうね…」


曖昧な口調で言葉を返してくる。


聞かれたくないことだから言葉を濁したというわけでもなさそうだ。


「つい1年ぐらい前まではお父さんとお母さんとあの家で3人で暮らしてたんじゃないんですか?」


「いやついこの前まで一緒に暮らしてたのはお母さんとだけ」


「お父さんは私が3歳くらいの時にもう家を出てっちゃってたから」


「じゃあ親子3人であの神様に祈りを捧げてたっていうのは」


「ええ、3歳ぐらいの時の話」


俺はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない話を聞いた時から無月が家を出て1人暮らしをするまでずっと3人で暮らしていたんだと思っていた。


「他の小さい頃の記憶はそんなに覚えてないんだけどその2人が神様に祈りを捧げてる光景だけはずっと頭の中で消えずに脳裏に焼き付いてる」


「それだけ当時3歳だった私から見てもあの光景は異様だったってことかしら」


「すいませんもしかしたらあまり踏み込んで聞いてほしくない話かもしれないんですけどお父さんと何をしたのかとか何を喋ったのかとか覚えてます?」


「ただのお父さんとの記憶とかでもいいんですけど」


「でもあの人が何かを喋ってるとこってあまり見たことない」


俺は少し間を開け話題を変えるようにこう言った。


「小学校ぐらいの時から家の家事全般をやってたって言ってましたよね?」


「2歳とか3歳ぐらいの時はどうしてたんですか?」


さすがに2歳や3歳じゃあどう頑張っても家の家事はできないだろう。


「私が3歳ぐらいの時まではまだそこまで宗教の沼にはまってなかったからご飯を作ったり洗濯物を干したりとかはできたんだけど」


「でもやっぱり家の中は荒れてたみたい」


「私はその時の記憶ははっきりと覚えてないけど」


「とにかく私が3歳くらいの時にどっかにいなくなった」


「そのお父さんの顔とかって覚えてるんですか?」


自然な口調で尋ねる。


「それが全く覚えてない」


「唯一残ってるのが前に宗教のトップの人と話してる時に見せた3人で写ってる家族写真だけ」


スマホに入っているその写真を前に横目でしっかりと見えなかったがその家族写真を見た記憶がある。


「そういえばお父さん右のおでこの部分に火傷の後みたいなのがあったな」


頭の中にある古い記憶を辿るようにしながらつぶやくように言う。


「それからお父さんが今どこにいるのかとか分かったんですかちゃんと?」


「今も昔も出て行ってから何の手がかりもない」


「完全に行方不明状態」


「まあお母さんがその後すぐに宗教にどっぷりとはまり始めちゃったからそれどころじゃなかったし」


「その時の私にわざわざ行方不明になった自分のお父さんを探すなんて気力はなかった」


「そうだったんですか俺はてっきり高校までは3人であの家で暮らしてたんだと思ってましたよ」


「ていうか今までも3人で一緒に暮らしてたって思い込んで話したりしてましたけどその時何も言ってなかったじゃないですか」


「わざわざ自分から言うことでもないかなと思ってスルーしてた」


そんな話をしながら駅のホームへ向かう。


電車に乗りしばらくするとゆっくりと動き始める。


無月は後ろにある窓の外の景色を見る。


眉をピクリとも動かさず無表情ではあったがその表情はどこか1年前まで自分が住んでいた場所を見て懐かしんでいるようでもあった。


電車に揺られているといつのまにか帰ってきていた。



ちょうど家に帰ってきたところで勇輝から電話がかかってきた。


「もしもし」


「新しい情報が入ったから今からそっちの家に向かう」


「分かった待ってる」


しばらくすると勇輝が家の中に入ってきた。


「それじゃあまず横浜まで行って手に入れた情報を教えてくれ」


俺は淡々とした口調で手に入れた情報について説明する。


「まず一つ目、あそこに行って最初に驚いたのは家の中がもぬけの殻だったってところだ」


「お嬢ちゃんのお母さんとお父さん両方いなかったってことか!」


驚きを含んだ口調で言葉を返してくる。


「ああ、後あそこの家全く生活感がなかった」


無月から前に聞いた話だと両親2人は家事に全く手がつかないほど神様に祈りを捧げていたので家の中が荒れ果ててたということだったが聞いていた話と全く違う。


無月が生活していく上での必要最低限の家事をしていたという話が本当ならあの家からいなくなった後今までよりもさらに悲惨になっていてもおかしくない。


なのに今回行って見たあの家の中の光景は全くの逆でというか生活に必要なものが一切なくなっていた。


一番最初に入った部屋には1つのテーブルと仏壇しかなかった。


「今まで家の掃除から何から全てやらせてた人間が掃除をできると思うか?」


「それはいくら掃除をしてなかったからとはいえそれなりに掃除ができてもおかしくはないだろう」


「少しは掃除ができてもおかしくないが今まで一歩も動かずに神に祈りを捧げるということしかやって来なかった人間がどうしていきなり掃除なんかを?」


「どうしていきなり掃除をしようと思ったのかについては一応の理由の説明はできるんじゃない」


無月が言う。


「ほらあの仏壇が置いてある部屋のテーブルの上に置かれてた手紙」


「もう探さないでくださいって書いてあったってことはどっか行ったってことでしょ」


「まあ普通に考えるとそういうことになるでしょうね」


「それに宗教にはまる前はずいぶんと行動力のある人だったみたいだから何かがきっかけになってこの家を出て行こうと思ったんじゃない」


随分と他人事のような口調で言う。


実際に他人ごとなのでそれはそうなんだが。



「それで2つ目は」


俺は言いながらあの家の物置にしまわれていた日記のノートを取り出す。


「この日記のノート少し妙な部分があってな?」


「見た感じだと普通の日記ノートにしか見えないが?」


言いながらそのノートのページをめくっていった。


めくっていくうちに不自然に破られたページにたどり着く。


「なるほど確かに白紙のページに関してはその日はたまたま書かなかっただけと説明がつくが破られたページに関しては確かに妙だな」


勇輝が訝しんだ表情を浮かべ言う。


「まあ自分からその日記の内容を読み返した後頭に来て破ったっていう風にも考えられなくはないが」


「1ページや2ページとかじゃなく所々破られていることから推測すると他の誰かに破られたっていう方が可能性としては高いか」


ノートのページの破られ方から見てもなんとなく書いた本人が自分で破いたように見えない。


「さて俺たちが集めた情報はこんなところだがそっちはどんな情報が集まったんだ?」


「情報屋がいるという公園まで行ってそいつにお金を渡してお嬢ちゃんの両親が所属してた宗教がどんな宗教なのか聞いたら…」


「大体は真神が睨んでた通り借金をしている人たちの借金を肩代わりして全て完済したところで宗教に入るように促す」


「そうやって恩を売ってなかなかやめづらい状態にしてどんどんどんどんと仲間を増やして行ったらしい」


「まあ他の手口も色々と使ってたみたいだが」


「その宗教の勧誘をしてくる奴らが現れるのにはある程度規則性があったみたいだからそういう意味でも真神の読みは当たってたみたいだ」


「後がなくなった犯罪者みたいなやつらもその宗教に入っているやつが結構いるらしい」


「そういえばその宗教のホームページを見た時そんなことが書かれてたような」


「完全な犯罪者は無理だから刑務所に入るか入らないかのギリギリの後がないやつを宗教メンバーとして入会させてたってことか」


「おそらくそういうことだろうな」 

 

改めてこうして新しい情報を踏まえた上で考えてみると手段を選ばないやつらだな。

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