第22話アパート
「わぁ」
久しぶりに遠出したということもあり朝起きてすぐ大きなあくびが出る。
「今日はいつもより少し早いんですね」
俺はいつも通りテーブルの横につき眠気さを含んだ口調で言う。
いつも朝起きるのは早いが今日はいつもよりもさらに少し早い。
「私はあなたよりも疲れてないから早く起きようと思って」
俺と一緒に横浜に行ったので少しは疲れていてもおかしくはないはずなのだが。
それに今さらっと流してしまったが私はあなたよりも疲れてないから早く起きるとはどういう理由だ?
「それでそろそろ私のお父さんとお母さんが宗教にどっぷりとはまった理由はもうある程度検討がついてるのかしら?」
さすが料理を作り慣れているだけあって会話をしながらでも一切の狂いなく手を止めずに朝ごはんを作っている。
「そうですね…ここまで付き合ってもらって今更言うのもあれなんですけど」
「人が何かにハマる依存する理由なんていくらでも考えられるんですよ」
「じゃあ今まで手に入れた情報からもっともらしい理由をつけて説明ができるってこと?」
「まあ…できなくはないと思いますけどまだ俺の頭の中で引っかかってる感じがあるんですよ」
「じゃあ今調べてる宗教のことと絡めなくていいから適当に何か作り上げてみて」
思ってもいなかった角度からの無茶ぶりに俺は少しばかり驚いてしまう。
「今からですか!」
「そう今から」
「人が何かに依存する理由は後付で簡単に説明できるって言うなら今からそれをやってみてよ」
相変わらず表情は変わっていないがどこか楽しそうな口調だ。
そのご要望に答えて少し考える。
「例えば麻薬に依存してしまっている男の人がいるとします」
「ある日突然その人が麻薬を体に摂取することから足を洗いました」
「なぜだと思います?」
ただ答えを言うのもあっけないなと思い質問の言葉を投げかける。
決してこの質問の答えを考えてもらっている間に本当の答えを考えようとかそういうのじゃない。
「そうね一般的に考えるとストレスや将来に対する不安根本的な原因だった会社に行かなくてよくなったからとか?」
「一般的に考えればそんなところでしょうね」
「あなたが作った答えはそのどれにも当てはまらないあっと驚くような答えだって言うの?」
下手にハードルを上げられてしまうと俺は文章を考えるプロではないので言いづらくなってしまうが淡々とした口調で言う。
「いいえそんなことはありませんありふれたその例に漏れない単純でよくある話です」
「俺はこのたった5分もしない間に独創的なアイデアとか話を作れるような能力を持ち合わせてはいないので」
「今までの話の流れで行くとはまった理由じゃなくてそれをやめられた理由を説明されそうな気がするんだけど」
「俺も話してる間にそのことに気づきました」
「まあ何かにハマった理由も急にやめられた理由も後付けできるので問題はないでしょう」
「それで答えは何なの?」
「男の人の奥さんが亡くなったからです」
「なんで麻薬をやめたこととその奥さんが亡くなったことが関係あるの?」
「男の人の奥さんは精神病を持っていることを知っていました」
「それが理由で麻薬をしていたことも」
「奥さんはそれを全部知った上で旦那さんが麻薬を吸うことを止めませんでした」
「けれど体を同時に心配し麻薬を吸う前必ず体には気をつけてねと言っていました」
「それからしばらくしてその奥さんは亡くなり、亡くなってすぐに旦那さんはお墓参りに行きました」
「お墓の前で手を合わせている最中に思いましたもう麻薬を使ってこの人生から逃げるのはやめようと」
「お墓に手を合わせている最中もう麻薬からは手を洗いなさいという奥さんの声がなんとなく聞こえた気がしたからです」
「5分もしないこの短い間に作ったストーリーにしてはすごい人間ドラマに溢れた話になってるわね」
「これ以上話を長くすると色々と話の内容にボロが出そうだったんでこのぐらいで押さえておきました」
「どうなのかしらね…そんな単純な話なのかしら」
「どうなんでしょうね事実は小説より奇なりって言ったりもしますけど、意外とあっけなかったりもしますから」
話をしながら作ってもらった朝ご飯を食べ終えたところで一息つく。
「ずっと気になってたことがあるんですけど」
「何?」
「高校生ぐらいの時はもうさっき見に行った家からは出てたんですよね」
「それがどうかしたの?」
「いやただ単純に家を出て行った後どこで暮らしてたのかなと思って」
「この家に来るまでは普通のアパートで暮らして、高校に通いながらアルバイトをして家賃払って何とか暮らしてた」
「意外と家を出る前も私が家事を全て引き受けてたおかげで特に困ったこととかご近所トラブルとかもなかったわね」
「それにしても何でいきなり私が住んでた家の話なんて?」
「今日その家に行ってみてもいいですか?」
「別に構わないけど私の家に遊びに来ても特に面白いものは何もないわよ」
「それでも別にいいです」
「この家から私の家そんなに遠くないから朝ごはん食べてしばらくしたら行ってみましょうか 」
「それじゃよろしくお願いします」
無月がついこの前まで1人暮らしをしていたというアパートに向かう。
「ここが私の住んでた家」
「住んでたって言ってもついこの前までの話なんだけど」
目の前に立っているアパートはある程度予想していた通り少し古そうな建物だ。
「このアパート家賃も安いし私がバイトして全然払える金額だったからここで暮らしてたの」
横に目を向けてみると、階段から高齢者のおじいちゃんおばあちゃんが何人か続けて降りてきているのでここのアパートは比較的高齢者の人が多いのかもしれない。
「無月さんが住んでいた部屋ってどこなんですか?」
「私はこのアパートの1回」
そう言いながら足をすすめ扉の前に立ち制服のうちポケットから1つの鍵を取り出す。
鍵穴にその鍵を差し込み開ける。
「あの日もうこの家に帰ってくるつもりはなかったから全部掃除も済ませて食器も全部洗ってそのまま」
部屋の中を見てみると何と言うか予想通りと言うか必要最低限のものしか置かれていない。
あの家の中と同じように生活感がないというわけじゃない。
ちゃんと最近までこの部屋で暮らしていたという雰囲気は感じる。
少し意外だったのが俺が後ろに顔を向けてみるとそこには本棚がありその中にはいくつかの少女漫画が入っていた。
その少女漫画の横に1冊だけ別の本が並べられていた。
その本は有名なホラー小説で普段俺はこういったものをあまり読む方ではないのだがそんな俺でも知っている作品だ。
確かこの小説はついこの前の朝のテレビのニュースで有名な小説の新人賞を取った人の作品だったはずだ。
「漫画とか結構普段読むんですか?」
「いやその本棚に並べられてる漫画は同じ高校のクラスメイトの女子グループ集団が私に無理やり進めてきた物」
「私が買いたいと思って買ったのはその横にある小説だけ」
「私ハッピーエンドの物語は嫌いってわけじゃないんだけどバッドエンドの物語の方がリアルさがあって好き」
「もちろんハッピーエンドの物語の中にもリアルさはあるっていうのは分かってるんだけど」
「でもまあ俺もハッピーエンドの物語だけじゃなくてバッドエンドの物語を読みたくなる時はありますね」
「漫画を全く読まないってわけじゃないんですけど俺は主にアニメとか映画とかを見ることの方が多いですね」
「何と言うか俺はハッピーエンドの物語とバッドエンどの物語をバランスよく見てメンタルを保っている部分があります」
「私もそんな感じかしらね」
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