第20話母が残した手紙
その拾ったノートのページを適当に読み飛ばしながら確認していく。
「どうやらこれは私のお母さんがつけてた日記みたいね」
「内容は何て書いてあります?」
言うと一番最初のページまで戻し音読する。
「今日から1日の振り返りができるように日記をつけて行こうと思う」
「今日はとてもいいことがあったこれから生まれようとしているこの子が私のお腹を蹴った」
絵文字やマークは一切使われていないが嬉しいという気持ちが伝わってくる。
それから何ページか読んでみる。
「ここまでの内容を読む限り普通に良さそうな家庭に見えますけどね」
少なくともいきなり宗教にはまるような雰囲気は感じないがここから何かが一気に変わっていくのか?
「今日はこの子がいつぐらいに生まれるのか検査するために病院に行ってきた」
次のページをめくってみるとそのページが不自然に破られていた。
「何でページが破られてるんですか?」
「誰かが意図的に何かの理由で破った、でも何のために?」
そこから適当に2ページほど読み飛ばし確認してみると他のところにもいくつか破られているページがあった。
そこから再び前のページに戻り読み直す。
「もうダメだ私にはこの子を育てていく自信がない…」
その言葉を最後に先のページは破られているページと白紙のページだけだ。
「これってどういうことなんだと思う?」
白紙のページを見ながら横目で俺に訪ねてくる。
「この日記を見ただけでは詳しいことは分かりませんけど少なくとも破られているページに関しては誰かが意図的に破ったんでしょう」
「でもお母さんが自分で破いたとしたらそもそもその前に自分の都合の悪いことを日記に書かないと思うんだけど?」
「お母さんが自分で破いたとは限りませんよ」
「他の誰かが何らかの理由でこのノートのいくつかのページを破いたってこと?」
「でも一体何のために?」
「これはあくまで俺の個人的な意見に過ぎませんがその相手にとって都合の悪い情報が書かれていたとかですかね?」
「例えばお母さんの知り合いがこれを破いたとか?」
付け加えるように言う。
「知り合いがノートの存在を知ってるとは思えない」
「何でですか?」
「家族の私ですらここの物置に入ることはなかったし普段は鍵がかかってたはずだから誰かが何らかの理由でここに侵入しようとした場合少なからず誰かしらが気づくはず」
「でもちょっと待ってください無月さんがこの家に一緒に住んでたのっていつまでだったんですか?」
「高校上がる前までだけどそれがどうかしたの?」
「この日記のページが破られたのはもしかしたら無月さんが家を出て行った後なのかもしれません」
「でも私が出て行った後だとしてもさすがにこの物置に誰かが侵入しようとしていたら気づくんじゃ…」
途中で言葉を止め思い直したようにこう言葉を続ける。
「って言いたいところだけどお母さんがまだまともに動けない状態だとしたらたとえこの物置に入られてたとしても何も不思議じゃないか」
それはいくらなんでも無理があるんじゃないかと思ったが娘に家事全般をやってもらわないと生活できないほどだと聞かされていたのでそれが本当だとしたら否定ができない。
だが一応念のため分かっていながらも確認の言葉を投げかける。
「お父さんとお母さんは病気か何かで?」
「いやそんなんじゃない…」
首を小さく横に振って俺の言葉を否定する。
「前にも話したことあると思うけどうちの両親は私が小さい時から仏壇から一歩も動かずに祈りを捧げ続けてた」
「今もその状態でずっと動いてないんだとしたら餓死してないといいけど」
「もし可能であれば家の中を見てみたいんですけどさすがにそれは無理ですよね」
「中に入っても大丈夫よ」
ダメもとで言ってみたのだが意外にもすぐに返事が帰ってきた。
「でもいきなりお邪魔したら迷惑なんじゃ」
「大丈夫大丈夫部屋の中にいたとしても問題ないから」
「もし部屋の中にお母さんがいたとしても人形みたいにどうせ動かなくなってるだろうし気にしなくていいから」
言いながらそそくさと玄関の方へ足を進める。
親と会うのは無意識的に今まで避けていたのかとも思ったがその口調と態度からはそんなものは一切感じない。
ただ俺が気づけていないだけで去勢を張っていつも通りに振る舞っているだけかもしれないが。
無月が扉の横にあるチャイムのボタンを押す。
チャイムの音が鳴りしばらく誰かが出てくるのを待っても誰も出てくる気配がない。
すると無月がやっぱりこうなったかと言わんばかりの少し面倒くささを含んだ小さなため息を漏らす。
「どうやらポストに入っている新聞も取ってないみたいですしここには今誰もいないんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いているのかいないのか扉に手を伸ばす。
その扉をゆっくりと横にスライドさせる。
中に入ってみるが人がいるような気配は一切しない。
部屋の中を覗いてみても誰もいない。
まさにもぬけの殻だ。
「どうやら本当に誰もいないみたいですね」
「それじゃあこの部屋にも何か手がかりがあるかもしれないから念のために探しておきましょうか」
「部屋の中を勝手に探し回って大丈夫ですかね」
「あなたも最初からこの家に何か手がかりはないかと思って探しに来たんでしょ」
「だったら何も問題ないじゃない」
「それにもし家の中を勝手に探し回るのがダメだって言うならもう物置を探し回っちゃってるんだから手遅れでしょう」
その言い方だと開き直ってるように聞こえるが確かにそうだ。
「そういえば無月さんのお父さんの名前って何て言うんですか?」
思い出したような口調で尋ねる。
「
思っていたよりあっさり教えてくれた。
「まずはこの部屋の中を探してみましょうか」
俺は車椅子のタイヤが横にぶつからないように気をつけながら中に入る。
その部屋の中はやけに広くテーブルと仏壇があるだけだった。
その仏壇に置かれているのは前に写真で見せてもらった宗教の神様だ。
そのテーブルに少し近づくと1枚の小さな紙がポツンと置かれていることに気づく。
「これ何ですかね?」
言いながらその紙を渡す。
「あなたがこの手紙を読んでいるということは家に帰っているということね」
「もしかしたらあなたはこの家に帰ってきて誰もいないことに驚いているかもしれません」
「お母さんもこれから遠くに行って1から人生をやり直します」
「あなたは抜け殻になったように動かないお母さんしか知らないのでこうして手紙を読んでびっくりしているかもしれません」
「お母さんのことを探さないでください あなたはあなたで自由に元気に生きてください」
読み終わったところで手紙を見てみる 。
その手紙の何も書いていない空白の場所に書き始めようとしてやめたボールペンの跡がある。
こうして手紙の文章を全体的に見てみると行が進んでいくごとに字のバランスが不安定になっている。
途中から何らかの感情が込み上げてきてまともに書ける精神状態じゃなかったのだろう。
その込み上げてきた感情が怒りだったのか悲しみだったのか。
無月はゆっくりと扉の方に足を向け家から出て行こうとする。
俺は家から出る前にその紙を念のため回収する。
「何か使えそうな情報はあったかしら」
「はい連れて来てもらったおかげで思っていたよりも情報が集まりました」
後は今までに手に入れた情報と新しく手に入れた情報を組み合わせて一番真実に近いであろう俺の戯言を組み立ればいい。
それにしても手紙の文面を読む限りお母さんはこの家から出て行ったということになるが、長年宗教にはまっていた人がそんないきなり出ていくものなのか。
無論人間ふとした瞬間に心変わりをしてその場所から離れるということは十分にありえるが、異常なまでに宗教を崇拝していた母親がその神様の置物を置いて出て行くというのはずいぶんとあっけない気がする。
強い執着をしていた分冷める時は一瞬で心が覚めるということなのだろうか?
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