第17話鞭
それから無月に何か疑問の言葉を投げかけられるかと思ったが特にそんなことはなく、俺の言葉には何も返さずその店を出る。
「それじゃ行くとするか」
「ああ」
俺はその言葉に短く返しバレないように後ろについていく。
途中で後をつけているのがバレてしまう。
「何なんですかまだ僕と何か話し足りないことがあるって言うんですか!」
どこか怯えたような口調で言いながらゆっくりと後ろに下がる。
「あなたまだ隠していることがありますよね」
俺が前に出て真剣な口調で尋ねる。
「そんなのただの言いがかりですよ!」
虚勢を貼るように大きな声をあげる。
道を歩いている人たちの視線が一斉に男の人に向けられる。
自分が思っていた人以上の注目に驚いたのか声の調子を戻してこういう。
「だいたいその僕が隠してる事って何なんですか?」
「何も証拠らしい証拠はありませんがあの時のあなたの驚いたリアクションを見て確信しました」
「僕の驚いたリアクションだけを見て何を確信したって言うんですかそれにあんなこと言われたら誰だって驚くでしょう」
「正確に言うとあなたの驚いたふりをしたリアクションを見て確信に変わったんです」
「ますます言ってる意味が分かりませんよ僕が驚いたふりをした何のために?」
「自分が聞かれたくない質問をされないために!」
「あなたのその跡どうしました!」
言って俺はその男の右手首を指差す。
最初会った時は長袖の服に隠れわからなかったがコーヒーを飲もうとしていたあの時わずかに右手首にある小さな跡が見えた。
右手首の跡が見えてしまっていることに気づきあの時載せこんだふりをして俺たちの注意をそらした。
「その跡は日常生活を普通に送っているだけじゃ絶対につかない」
「他の誰かに鞭のようにしなる何かで思いっきり叩かれない限り」
「これはその階段で転んで!」
「階段で転んでもそんな後はつきませんよせいぜい手首の部分に打撲の痣がつくぐらいです」
「その手首の後を見る限り比較的最近誰かにつけられたものですね」
俺の横にいる勇輝が冷静な口調で言う。
「違いますこれは僕が自分で転んだ時に着いた後なんです!」
言葉を重ねていけば行くほど声の震えと焦りが大きくなっていく。
俺は責めるような口調でもなく尋ねるような口調でもなくさとす口調でこう言った。
「あなた同じ宗教メンバーの誰かに暴力を振るわれていたんじゃないですか?」
「そんなことあるわけないじゃないですかだいたいもしそうだったらもっと根気強くあなたに売り込みをしてるはずでしょう!」
「確かにそうかもしれませんですがあなたはそれができなかった」
すると肩を落とし大きなため息をつく。
「そうですよあなたの言う通りですこの宗教が作ってるノートとかいろんなものを売らないと本物の鞭で叩かれるんです」
「失敗すればするほどその叩く人の威力は強くなってって」
「ひとつ聞いていいですか?」
投げかけた言葉には何も答えずただ顔だけ上げる。
「何であなたあの時店で俺にそのノートを売るのをすぐやめたんですか?」
「ああ、それはただ俺がこの仕事向いてないなって悟ったからですよ」
「というか前からそのことに気づいてはいたんですけど今更他の仕事に着くなんてできないし見ないふりをしてたんです」
「今さら僕があの世界から抜け出すことはできないというか上が許してくれない」
「僕はもう社会から完全に隔離されたあの世界から抜け出すことはできないんです」
乾いた笑いを浮かべどこか投げやりな口調で他に何かありますかと尋ねてくる。
「いいえ他には何もありませんありがとうございました」
頭を下げてそう言った後その場を去る。
「全く真神があの宗教は隠してることがあるってことを 言うとは思わなかった」
「我々あそこまで言わないと素直に話してくれるって思えなかったからさ」
「にしてももうちょっとやり方あったろ!」
「今度からはもうちょっと言葉を選んで 話を持っていくように努力する」
「本当か?」
言いながら
「それじゃあ俺 こっちだから また何かあったら俺を呼ぶんだぞ、仕事でついていけるかはわかんないけど」
「ああ、分かってる」
めんどくささを含んだ口調で言いながらもすっかり暗くなってしまった夜道に消えていく勇輝の後ろ姿を見送った後自分の家へと帰る。
次の日。
「それで私は途中で帰ったからわかんないけどあの男の人から目新しい情報は聞けた?」
何で私を途中で家に帰したのと尋ねられることを覚悟していたのだがその言葉は予想していたものと少し違う。
ちなみになんで1人で先に家に帰らせたのかと言われれば宗教の方に俺たちが探りを入れてきているという情報は回っているはず。
まだ予想の段階ではあるがその宗教が人体実験をしているということがもし本当なら俺たちを何らかの方法で口封じしてもおかしくはない。
自分でもあの時は考えすぎかと思ったが猟奇的な実験を本当に行っている集団であればそんなことをしてきてもおかしくはないだろう。
これがもしただの濡れ衣だったとしたらいい迷惑かもしれないが警戒して奥に越したことはない。
死ぬことを願っている無月にとってはそっちの方が好都合かもしれないが。
そんなことを言い始めたらそもそも無月をその場所に連れて行く必要はあったのかという壁にぶつからざるを得ないのでこの辺にしておこう。
「あれから特に目新しい情報は聞けなかったですね」
「今回新しい情報を手に入れられたんだとしたらあの宗教が普段売ってる教材がノートだってことが分かったことぐらいですかね」
「後は…」
「言って」
言った方がいいことなのかどうなのか悩んでいるとそれを見抜かれていたらしく言葉を促される。
「そのノートをある程度売り込むことができないと鞭で叩かれるって言ってました」
「パワハラとかセクハラとかいろんなハラスメントが叫ばれてるこの時代にまさか昔ながらの力でねじ伏せる団体があるなんてね」
そんな話をしていると横に置いておいた自分のスマホが着信音を鳴らす。
画面を見てみると勇輝と名前が表示されていた。
今は特に調べ物を頼んでいないはずなのだが。
少し疑問に思いながらその電話に出る。
「どうしたんだ?」
「昨日の夜パソコンで何かの手がかりになるんじゃないかと思って他の宗教についても色々調べてみたんだ」
「そしたら少し気になるニュース記事を見つけて」
「その気になるニュース記事をクリックしてみたら30年前中国の宗教団体が起こした爆発事故の記事が出てきたんだ!」
30年前に起こった事件なんてどこをどうすれば今回の話と結びつくんだと思いながらいくつかパターンを考えてみたがやはり何も繋がりがないように感じる。
繋がりがあるどうこう以前に30年前って言ったら俺がそもそも生まれていないので想像のしようがない。
30年前って言ったらちょうど勇輝が生まれた年なのだから想像できないのも無理はないだろう。
「とにかく今からそっちの家に行くから少し待っててくれ!」
「ていうか仕事はどうするんだ!」
いつもなら普通に新聞記者としての仕事をしている時間だ。
「俺のこの仮説が正しければ一気に真実にたどり着くことになる」
その真剣な口調にただ分かったと一言だけ開始電話を切る。
「何だって?」
「何か新しい情報を掴んだみたいですよ」
「今仕事をすっぽかして家に来てくれるみたいです」
「大丈夫なのそれって?」
いつも通りの平坦な口調で言う!
「おそらくダメでしょうね」
でも俺は周りに期待されてる人間じゃないから大丈夫なんだよって言いながら笑い飛ばしそうな気もする。
チャイムの音が鳴り玄関に向かう。
「はぁはぁ…これを見てくれ!」
「これって!」
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