混同のおそれ

浅賀ソルト

混同のおそれ

自分の上司は大のスターウォーズファンで、社内プロジェクトのコードネームにその手の名前をよく付けていた。トゥルーパーとかマンダロリアンとか。自分は詳しくないんだけどそういう開発中のプロジェクトに見慣れない単語があると、「ああ、またスターウォーズネタだな」と思うくらいには慣れていた。

小型のGPSユニットにファルコン号って名前を付けたのはいいけど、商品化するときにファルコン5って名前を付けようとして、ちょっと表に出すのは無理なんじゃないかなと思った。あと、別に宇宙船じゃないし。あ、ファルコン号というのはスターウォーズに出てくる宇宙船の名前である。一応、念の為。

ところがこれが商品化され、ちょっと話題にもなり、公式からも怒られなかった。

上司は自分の気持ちがスターウォーズの中の人にも伝わったんだと思った。

今はスターウォーズの知財はディズニーが持っている。ミッキーマウスで有名なあのディズニーだ。

で、次の商品を公式に『シン・ゴレンジャー』にするという話になった。

なんでと思うだろう。急にスターウォーズでなくなったので自分もびっくりした。

どうもその上司——まあそこまで珍しい名字でもないからいいか。菅谷さんという——が言うには、実は特撮のファンでもあり、戦隊物のファンでもあり、まだ庵野秀明はゴレンジャーは『シン』してないということだった。検索してみたがとりあえず無いことは自分も分かった。

大丈夫だ、いける、と菅谷さんは言った。他者がやる前に商標登録とパッケージデザインを発注しろと言われた。自分はそうした。

菅谷さんが言うならいけるという気もしたし、ディズニーに気持ちが通じるなら東映——ゴレンジャーの権利のあるところである。たぶん。真面目に調べたわけではないけど——にも気持ちは通じるのではないかと思った。菅谷さんの顔とか目がやばかったし。

出来上がったパッケージや商品ロゴは割とまんまのシンで、本当にこういうプロジェクトが始動して庵野秀明が監督するのではないかと思ったほどだ。デザインを受けてくれたところもこちらの意図を汲んでくれたらしい。微妙に言い訳できるようにしてくれとも伝えて、微妙に言い訳できるようにも作ってくれた。菅谷さんは大喜びだ。

ロゴも含めて商標として申請した。もちろん映画とかお菓子とか玩具とかではなく電子機器部品としてだ。あと商品としては型番のNJNJ-202308というのがあるのでそれの愛称としてシンゴレンジャーとした。愛称なのでなんでもありである。別にいままでだってジェダイとかヨーダとか、もっとまんまにダースベイダーなんてコードネームもあったのだ。東映が電子機器部品を作るわけがないのでまあなんとかなるだろうと思った。菅谷さんも大丈夫といった。

パッケージとしては無骨な型番NJNJ-202308の横にあの字体でシンゴレンジャーと書いてあるというものである。正式に生産したわけではないけど、見本が届いたときはさすがに自分も笑ってしまったし、菅谷さんは上機嫌だし、その影響もあってオフィス全体が笑顔になった。

社長も喜んで見本のポスターをオフィスの一角に貼ったくらいである。

あの雰囲気を知る人間としては、菅谷さんの、電話のアポもなくいきなり訴状を送ってくる東映ってのはいくらなんでもファンへの対応がなってないんじゃないのという怒りもよく分かる。

うちに法務なんて上等なものはないから、社長のツテで知り合いの事務所に相談することになった。

その前に訴状が届いたときの雰囲気も書いておこう。

普通にその日も請求書だの見積書だのを整理して、そこに配達証明のような形で訴状が届いた。ダイレクトメールのような形だったけどなんとなく特別製っていうのは分かり、受け取りに印鑑が必要だった。といっても事務をやってるとそういう郵便物を受け取ることもゼロではないけど。もちろんそのものを受け取ったのは初めてだった。裁判所からの書類なので東映のロゴがどこかに入っているということはないのである。

中身は難しい日本語だったが意味は分かったので、封を解いて中を見た自分は「菅谷さん、裁判所から訴状が届きました」といった。

まあ、正確には訴状でもなく、また、訴えられたわけでもなく、商標登録無効の通知書が来ただけなんだけど。もちろん配達証明でもない。警察の任意同行も逮捕と言ってしまうような小市民的な表現である。

それでも菅谷さんは東映が自分のような熱心なファンを訴えたと解釈したし、その書類を手に取って流し読みしたあとには、「上等だ。一歩も引かねえぞ。こっちがどれだけゴレンジャーを愛していると思ってるんだ」と言った。いや。最後の、こっちがどれだけゴレンジャーをのところは言ってない。自分の勝手な解釈というか、言ってないけど顔が言ってたというか。

みんなで菅谷さんの顔に同調した。東映はなんてひどい会社だと思った。一緒になって悪口を言ったりもした。巨大企業に立ち向かう町工場という雰囲気に酔っていたというか、雰囲気というより、それは事実だと思う。うちの会社の製品の愛称をシンゴレンジャーにしたところで東映にどれだけの迷惑がかかるというんだ。東映はうちをナメて簡単に泣き寝入りすると甘くみていたんである。間違いない。

今でも自分はそう思っている。菅谷さんも思っている。うちの会社の人間はみんなそう思っている。

ニュースになって変な奴がうちをバッシングしたのも、事務所の電話がやばいことになったのも、実は東映の世論操作によるものがあると思う。全部がそうとは言わないが大半のクレームがそうだ。

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