第6話
最初に原稿を盗むのを提案したのは、このおれだった。伯母の気力がめっきりと衰え、目に見えて痩せてきた大寒の事である。疲労、精神衰弱、結核性脳膜炎――。伯母は死にかけていた。医者いわく、余命は多く見積もってあと一年、短くて来年の夏だそうだ。伯母はこのことを知らされていないが、すでに察しているようで、おれに向かって「いつ死ぬんだろうねえ」とたびたび呟いている。そうして伯母は、生きているが死んでしまった。
生きることはつらいものだねえ。
死ぬほうがよっぽど楽じゃないか。
と憐れな呟きが、伯母の死を裏付けているものの、おれはもはや伯母同様の死に様をしていた。おれは伯母が元気な頃から、すでに死んでいたのである。
しかし、おれは伯母のたった一言で、救えるかもしれないぞ、と突然思った。もしかしたら伯母が元通りになるかも、と。
おれは活力を取り戻した。一生かかっても手に入らないと思われていたものだ。おれは伯母を、いや、おれ自身を救う手立てにばったりと
作家になりたいねえ……
伯母はそう云って、しずかに美しく泣いた。
おれは伯母の一言で、その日がきらきらと雪の舞う意味通りの大寒で、本当に寒寒とした冬景色であること、深く積もった雪の上に、誰のものとも知れぬ真っ白な紙飛行機がゆらゆらと浮かび、空中を
*
こうしておれは、佐山から原稿を盗んだ。原稿は伯母の誕生日―つまりは初夏―にプレゼントするつもりだ。伯母はおれの提案にぼうっとしながら同意した。
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