短編小説 甘くて苦いチョコレート
昔異世界系小説に憧れていた頃に描いた小説(バレンタイン)
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甘くて苦いチョコレート
甘ったるい教室、その日を人はバレンタインと呼ぶ。八時五十九分、俺はぎりぎりの時間帯に教室に入り自分の席に座る。そしてちょっと期待をしながら机の中に手を突っ込む。しかし、肌に伝わってくる感触は教科書のひんやりとした感触だけだった。でもそれで普通なのだから別にいい。別に普通じゃない結果を望んでもいない。そして疑われないように机の中から本を出し、読むわけでもないが広げる。
「優君、はいこれー!」
「私もあるよー!」
「私も私も!」
隣の奴はたくさんの女に囲まれている。別にいいなぁとも思わない。全然思わない。
――だって俺にはゲームがあるのだから。
俺は甘ったるい教室での授業を終え、期待しながら下駄箱を開き、当然の結果に悔しがるわけでもなく、外靴に履き替え、学校を出た。
電車の中は大勢のカップル。仕事しろ仕事。いや、でも仕事は偉いやつがやってればいい。そう、人は自由であるべきだ。死が肯定されない世界などあるべきではない。死にたい奴は死ぬべきである。それと同じようにゲームはなぜ肯定されないのか。
ゲームは俺に夢を与え、希望をくれた。出会いも少なからずはあった。そんなすばらしい世界をなぜ偉い人たちは否定するのだろう。つまり何が言いたいかと言うと別にチョコレートの日があったって俺は否定しない。渡したければ渡せばいい。貰えなくても別に悲しくない。
俺は家に帰り、ドアに鍵を差し込む。ドアを開けると暗い空間が目の前に現れた。…帰ってきた。自分だけの世界に。部屋はとてもきれいだ。何も置いてないので、綺麗なのも当然だ。俺はベッドに横になるなり、鉛色のヘルメットをかぶり言った。ヘルメットにはアルタイルオンラインのカセットが差さっている。今はやりのVRMMOだ。
「リンク スタート」
バレンタインの今日。俺は、噂で聞いていたバレンタイン限定のクエストを受けるためにログインした。バレンタインの日は、イベントなどもあり、彼女がいない俺でも十分楽しむことができる。いや、別に彼女が欲しいというわけでもない。むしろ一人の方がいい。どうせ、彼女がいたところで、ゲームを否定するだろう。そう、俺は自由であるべきだ。
「冒険者の方、ちょっとお願いがあるのですが…」
NPCに話しかけられた。噂通り、この人でよかったらしい。緑のワンピースに身を包んだ、二十歳くらいの女性は言った。
「ち、チョコレートを渡してきてほしいのですが…」
バレンタイン限定クエスト『甘くて苦いチョコレート』が始まった。
「私は以前、とある騎士様に助けられました」
女性は、一人で暗い森の中に食材を探しに行った後、道に迷い彷徨っているときにその騎士ロイに助けられたという。ちなみに俺情報だとロイという騎士は騎士の中でも上級の人物らしい。NPCではかなりステータスの高いキャラクターであるという噂だが、誰もロイという人物に会ったこともない。仲間に入れることはできないらしい。ここら辺はまだ未確認情報であり、今回ロイが関わってくるというクエストを受けた。
「私はロイの戦う姿、守ってくれる優しさに一目ぼれをしてしまいました。それから私たちは少しずつ会うことになりました。ロイはただでさえ忙しいのに暇をつくっては私に会いに来てくれました。私はさらにロイに惚れてしまいました。しかし、一か月前ロイは国王から指示があり、隣の町へ行くと言って出て行かれました。それっきりロイは帰ってこないのです。それが心配で心配で…」
女性ライラは窓の外を見つめる。その目はほんとうに心配そうで、悲しそうだった。本当にライラはロイのことが好きなんだと思った。俺のことも気にせず淡々と話していく。
「私は、バレンタインの日に告白をしようと計画をしていたのです。しかし、今日になってもロイはまだ帰ってきません。私が直接隣の町へ行けばいいのですが、私はまだレベルが低くて、外に出ることができません。かと言って飛行船に乗るお金もなくて…。そこでお願いがあります。どうか冒険者の方、隣の町まで行ってこれを渡してきてください」
目の前に、クエストを受けますか?という画面が出てきた。俺は『はい』を選択する。
そして俺は、女性から『チョコレート』を預かった。まぁよくあるおつかいクエストだろう。隣の町までは、歩いていくことにした。道中のモンスターは雑魚だらけ、初期モンスターのノラリンやコブリンなどしかいない。敵のレベルは三レベルに対し、俺のレベルは百五十九.まず負けないだろう。俺が剣を振っただけでノラリンはバターのようにスライスされていった。ノラリンは、ミニチョコを落とした。どうやら敵が落とす道具もバレンタイン仕様らしい。俺はすぐに隣の町へたどり着いた。人見知りの俺だが、いやいやながらも町のNPCに聞いてみる。
「あの…、ロイという騎士に心当たりはないですか?」
「ロイっていう人物は聞いたことないけど、最近この街に騎士が来たっていうのは聞いたぞ」
「ありがとうございます」
「おーよ。人探しがんばれよ」
何人かに聞いて廻ったが思うような結果は得られなかった。途方に暮れていると、あまり見ないような騎士が歩いているのが見えた。もしかしたらロイなのかもしれないと期待して話しかけた。
「あの…ロイさんですか」
「ロイ…だと?あの閃光騎士ロイ・ドナウを知っているのか?」
「はい。ロイはどこにいますか?」
「ロイは…」
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「ロイにしっかり渡してきたよ」
俺はじゃれついてくるコブリンを豆腐のように切り裂きながら町に戻ってきた。そしてライラに報告をした。ライラはとても嬉しそうだった。
「ありがとうございます!私の事覚えててくれましたかね?」
「あたりまえだよ。これ、ロイから預かったんだ」
俺は、道具『手紙』を渡した。ライラは手紙をその場で開けて黙読した。ちなみに手紙の内容はこうだ。
【…親愛なるライラへ。ライラ、元気にしているか?俺は元気だ。帰ってこなくて心配してる頃かと思ってちょうど手紙を出そうとおもっていたんだよ。とあるダンジョンで苦戦しててまだ帰れそうにない。大丈夫、俺はこっちでピンピンしているよ。仲間もとても頼もしんだ。チョコレートありがとうな。とてもおいしかった。はやくライラの顔が見たいな。なるべく早く帰るからな。待っててくれよな。…ロイより】
黙って手紙を読むライラの感情は分からない。安心だろうか?不安だろうか?でもどれでもないことを次のセリフで俺は知る。
「ありがとう。冒険者の方」
「いーえ。とんでもな…」
「この手紙、あなたが書いたのでしょう?」
俺はドキッとした。心拍数が上がり、システム内の警告が発せられた。それでも俺は落ち着きを取り戻し言葉を続ける。
「なんでそんなこというの?俺はしっかりとロイに会ってチョコレートを渡してきたんだよ」
「ロイは、私の事ライラなんて言わないもの。私の本名はライン・ライカー。ロイは私の事をライカーって呼ぶわ。」
いや、あんたの本名なんて知らないし、と思いながらも本当のことを書く。
そうだ。俺が考えて入力した。『手紙』というアイテムは脳内で指定した文字を機械的に入力する方法と、手書き入力の二種類がある。前者のほうなら、文字が違うと思われる心配もないと思った。
ロイはすでに死んでいた。高難易度のダンジョンに突入し、ボスによって殺された。俺はどうすればいいか悩みに悩んだ末、このような手紙を書いた。確かにロイは死んだと伝えるのも一つの手だとは思う。でもそれではクエストの目的、「チョコレートをロイに渡す」条件が成立しない。ロイが死んだということは、別に後に判明したって構わない。チョコレートを食べたという事実があればいい。
あと、俺がこのような結果を導こうとした理由は、ライラの想いにある。ライラの家にはチョコレートの本が山のように積まれていた。きっと何回も練習したのだろう。チョコレートはロイの墓に置いてきた。チョコレートと一緒にあった手紙は読まなかった。俺は、恥ずかしさと申し訳なさからライラの顔が見れなくて下を向いてしまった。
「私は、あなたのことを怒っているわけではないのですよ。顔をあげなさい。ありがとう」
「なんで感謝されなくちゃならないんですか?」
「私のことをいろいろ考えて最善の結果を導こうと努力したんでしょう?感謝して当然です。ロイもきっとこれでいいと思っているはずです。冒険者の方、これは少しばかりの恩ですがどうか受け取ってください」
そして、クエストクリアの効果音が鳴った。
俺は納得がいかなかった。
そしてセーブもせずにやり直した。俺なら最善の結果を導くことができる。
そう。俺は冒険者だ。
そしてこの世界はゲームだ。
ライラのために俺はすべてのデータを初期化して最初からやり直した。
・・・・・・・
そして一年後のバレンタインの一か月前。俺はロイが来る予定の町に来ていた。
「あの、今日騎士が来るって聞いてませんか?」
「そんな話聞いてないぞ。こんな平和な町に騎士なんてやってくるのか?」
誰に聞いてもみんなこう言った。
そして一か月後、
「あの、ちょっとお願いがあるのですが…」
俺は今、このゲームの制作者を恨んでいる。
ロイ・ドナウは最初からこのゲームに出てこない設定だった。
ライラはこうして幻のロイが帰ってくるのをずっと待って、こうしてチョコレート作りをしているのだ。
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