友人作家からのメール

----- Original Message -----

From:"K" <Kathmandu.-t-r@■■■■■■■■.jp>

To:"Rinto-H" <Rintoh0401@■■■■■.co.jp>

Date:2023/3/31 金 11:01

Subject:Rintoっちへ


 おっすー、元気してるか?

 俺だよ。■■■だよ。


 びっくりしただろ。わはは。

 え? そんなことないって?

 いいや、嘘だね。お前のことだから、度肝を抜かれてるだろ。目をまんまるくしてアホ面かましてな。はは、隠していても俺には手に取るように分かるぞ。


 ただまあ、不思議なパワーで生き返ったとか、実は死んだフリをして逃げ延びてたとか、そういう美味しい展開って訳じゃないんだけどな。


 これは俺のパソコンが四十九日間操作されなかった場合、自動送信するように設定しておいた文章だ。いやさ、ちょっと調べてみたらこういう遺書のアプリとかSNSサービスってすごい充実してんの。ウケるよな。デジタル終活時代の到来ってワケ。


 一応確認だ。俺は死んでるよな?


 うわ。なんかこういうの書くの、照れるしゾワゾワするな。


 でもまあ、普通に考えて死んでるか。

 俺が四十九日間もパソコン触んないなんてシチュエーション、考えられねえし。いやそりゃ四十九日なんてさすがに長すぎかなって迷ったけどさ、つっても七日とかだったらなんかで入院してただけですぐ過ぎちまうし、塩梅が難しいんだよなあ。

 それに、いろいろ理由があってな。

 俺が確実に死んだ後に送りたかったんだ。

 四十九日なら最後の法要があるだろ? どうだ、面白いことになってないか? カラッと焼き上がって骨になって壺に入れられた俺に、坊さんが最後のお経を上げてるタイミングとかでこのメールが送られてきたりしてないか? それでお前は思わず吹き出して、周りの親族から「なんだコイツ」って目で睨まれたりしてないか? そんなひとウケがありゃ俺も本望だし成仏できるってもんだ。


 許されるんならこんなような駄文をいくらでも書き連ねたいとこだが、早めに本題にいっておこうか。俺ももう、だいぶ酔っ払っちまってる。いつか翌日の仕事のことなんか微塵も気兼ねせず好き放題に酒に溺れたいと思ってたが、実際にこう溺れてみると大事なもんを喪失していく感がすげえな。原稿もろくに手がつかん。山田風太郎先生や中島らも先生は一体どうやって執筆してたんだ?

 ああ、ほら。こうやってまた脱線しちまう。本題だ本題。



 それで、お前は元気なのかよ。



 無事か?

 まだ「顔の怪異」に悩まされてるか?

 もしも既に自分で解決出来たなら、後の文は全部読み流していい。

 ただ、今もなお「顔の怪異」に悩まされてるってなら、きちんと読んどけ。お前のことだからどれだけ追い詰められても、なんだかんだまだ生き延びてるだろうよ。賭けてもいいね。俺と違って忍耐強いし。絶対ぎゃあぎゃあ文句垂れたりひんひん泣き言並べたりしつつも、どうにかこうにか生きてるはずだ。当たりだろ?


 「顔の怪異」について聞いて、調べ始めたあたりだったかな。実は、そのころから既に俺は「顔」の幻覚が見えるようになってた。それから、ほどなくして飲酒の異常行動を強制させられるようになっていた。教えろよって? いやいや、そういう簡単な話じゃなかったんだ。伝えようにも無理だったんだっての。


 お前ももう異常行動の強制は体験したか?


 もしそうなら分かってもらえるかもしれないがな。「顔の怪異」には、その思惑に不利になる行動は止められちまうんだよ。だから、伝えられなかった。

 つまり俺には、「顔の怪異」に止められないくらい迂遠に、回りくどいやり方でお前に気付かせていくしかなかったんだ。この「顔の怪異」の対処法をな。


 賢い俺は、考えに考え抜いた。

 そして良いアイデアを閃いた。


 奴らは、それぞれの思惑があって動いている。

 思ってた以上に人間的なんだ。親近感さえ湧くね。

 俺たちと同類の「創作者」とでも言えばいいのかな。

 奴らはテーマに沿って物語を構築して、それを俺たちに演じさせるんだ。奴らが監督兼脚本なら、俺たちは奴らに選ばれた俳優陣ってわけだな。まあ、主演からの文句を全く受け付けないあたり、オールドタイプの映像作家サマなのかね。


 最初に疑問に思ったのは、「顔の怪異」はどの程度まで観測出来ているのか、だ。


 だってそうだろ? 奴らは俺たちに強制することで物語を進めている。しかし中には、用意された物語に耐えられずに自殺しちまった人間も少なくない。

 それって、おかしいだろ。

 出演者の自殺によって物語が終わるなんて、最悪の事態すぎるよな。

 いや、もちろん物語的観点で行けば、主要人物の自殺によって物語を終える作品だってあるさ。ただそれは、自殺することによって何かが解決する場合のみだ。無意味で脈絡のない自殺でオチるってのは、そもそも物語として成り立たない。


 絹澤匠の最期は、物語としてアリか?

 それじゃ他の被害者と思しき奴らは? 藤石宏明は?

 普通に考えりゃ有り得ない。

 だから、お前は興味を持ったんだろうさ。


 「顔の怪異」にとって、異常行動の強制に耐えきれずに自殺されるっていうのは、不本意なことのはずだ。物語を尻切れトンボにする最悪の結末なんだからな。

 だけどそれを阻止しない。奴らは俺たちに「あれしろ」「これするな」なんて強制してくるわりに、一番やられたら困る自殺って手段を封じない――俺はそれを、封じることが出来ないんだと踏んだ。


 「顔の怪異」は、全知全能の存在なんかじゃない。

 少しばかり俺たちを操作できるだけのさ。こんな文章を用意してても、今すぐ送ることは禁止すれど、予約送信は禁止しないくらい穴だらけの間抜けだ。俺たちが心の中で考えていることなんて、奴らには知りようがないんだ。


 そんなの信じられないって?

 じゃあ逆の立場になって考えてみろ。

 自分の作り上げた作品のキャラについて、この時どう思ってそんな行動をしたのか――なんて編集に説明を求められた。これこれああいう理由で、なんて道理の通ったそれらしい説明をするだろ。そしたら編集は納得する。それじゃあこの箇所は直さないで結構ですので進めていきましょうか、ってな。

 そうして物語が進められる。

 だけどこの時の説明って、あくまで作者で絶対権力者たる俺たち側が決めた都合の押し付けでしかないだろ? そりゃそうだ。作者と登場人物が対等にコミュニケーションを取る方法なんてない以上、何もかも俺たちが決めた行動の強制になっちまう。


 そうかと思えば、創作論には度々「勝手にキャラクターが動く」なんて言葉が出てくる。俺にもお前にも経験があるだろ。物語的にはこう着地させようと考えていたのに、書いている内にキャラが別の方向に突き進んで全く別の着地を見せることが。それが予定より面白くなっちまったもんだから採用せざるを得なくなることがな。

 俺はあくまで創作論上の話で、それくらいキャラの密度を上げろって意味だと思ってたけど、こういう状況になると話が変わってくる。

 俺たちには観測しようがないが、キャラクターには自由意志があるんだ。

 俺たちの用意した物語の更に上にいく行動をキャラにされたら、俺たちはその行動を禁止することは出来ない。どんな手段を用いても面白いものを作り出すこと。それが作家としての、創作者としての喜びだからだ。


 もう分かったか?

 これが俺の考えた「顔の怪異」の対処法だ。

 用意された物語より、更に面白い着地点を見つけ出す。採用せざるを得ない展開を示すんだ。どちらが本当に作家なのかを思い知らせてやるんだよ。物語ってのはこういうのが面白いんだ、って奴さんに叩きつけてやろうってことさ。


 どうやら俺の方が進行は早いみたいだからな。お前には悪いが、先んじてやらせてともらうぜ。脳がアルコール漬けだが、まあそれくらいのハンデなら「顔の怪異」にくれてやってもいい。なんだったらアイデア出す段階であれば、ちょっとばかし酒が入ってる方が意外と捗るってこともあんだろうよ。


 そんで、このメールが読まれているってことは、俺は失敗したわけだわな。わはは。まあ言葉通り、本当に命を賭けた創作をもって挑んだ上で死ぬんなら後悔はないか。ただ、無駄死にってのも面白くないから――こうして保険をかけさせて貰った。


 少なくとも、俺が死ねば俺に科せられていた「顔の怪異」の強制は無効になる。どうあがいたって死んじまった人間を操作なんて出来ないからな。

 だから、このメールだって問題なくお前に届いている。だろ?

 お前には、俺がどうやって挑んだのかを伝えておきたかった。

 それをヒントにして、お前はお前のやり方で最高に面白い結末を作ってくれ。


 最期にお前と飲めて良かったよ。

 そりゃま、死ぬにはちょっと早すぎるかもだがな。

 でも、そんなことわりとどうでもいいな。


 お前と一緒に創作の道を歩めたの、マジで楽しかったわ。ありがとな。


【筆者メモ】


 私はそれからややあって、泣きながらパソコンに向かった。

 異常行動の強制が始まった訳では無い。自らの意志だった。


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