忌録 波導エリについて

[注 本項での文書は可能な限り執筆当時のままで掲載しておりますが、不適切な表現に関してのみ一部制限を入れさせていただきます]


 ああ、ああ、ああ、神様。本当に申し訳ござません。

 私は波導エリについての情報を集めるにあたり、■■■■をはじめとした違法行為を複数回犯しましたこと、ここに懺悔いたします。

 あんな状況だったから仕方ない、手段など選んでいられなかった――なんて犯罪者そのものの言い草でしょう。だけど、どうかお目溢しくださいませ。

 私だって思うところがあるのです。

 まさか私がこんな■■■■に成り果てるなんて。

 でも、あなたのせいなんです、こうなったのは。わかってますか?

 だけど断じて■■はやっていない。本当かな。たぶん。きっと。■■かけたことはあるかもしれない。■■■■■のは夢だったかな。自信がないや。私が今、捕まらずに自室にいるのだから、大事に至らなかったということにしておこう。

 まあ、そんなこと、皆さまも興味ありませんよね。

 大切なのは知ったこと・体験したこと。それ以外のことなんてどうでも良い。一本じゃすぐに断ち切れてしまう糸でも、それが十重二十重に幾重にも撚り合わされることで断ち切れない綱となるのですから。安心しておまかせください。


 それでは、波導エリについて。


 本名は阿良井衿子。旧姓は目代。

 1970年に青森県むつ市(旧・下北郡川内町)生まれる。母親は家業の手伝いの傍ら、霊媒師として働いていた。高校卒業後、地元に嫌気が差したことから妹と共に上京。

 以降、銀座のクラブにてホステスとして働く中で、三度の結婚と離婚を繰り返し、都内を転々とする。短い結婚生活では平行して新興宗教団体に出入りしていた。四度目の結婚にて大手芸能プロダクションのオーナーと結婚し、阿良井姓となる。一男一女をもうけ、子育ての傍ら「天明一相占術」を考案、タレント業を開始。

 なお、長女は七歳にして早世しているが原因は不明。


 その後、本名の「新井衿子」から「波導エリ」という名前に改名し、「波導エリ」というグループのリーダー兼ブレーン役として、2000年代のスピリチュアル・ブームを牽引する。グループ「波導エリ」には、モデル役、トーク役、カウンセラー役、実業家役……等々、細分化された役割に、それぞれ優秀な女性を用意しては入れ代わり立ち代わりで「波導エリ」を演じていたという。

 波導エリ本人とそれぞれの役者には明確な上下関係があり、本人が用意した台本を、役者らは全く理解できないままに演じることも多かったらしい。

 なお、波導エリ本人は2011年に事故死し、グループとしての「波導エリ」は実業家役である■■■■■が運営を継いでいる――。


 ここまでが、私が関係者への■■――いえ、実地取材にて得られた情報です。始めた張本人はとっくに死んでいて、今は彼女が残した枠組みだけが独り歩きしているというのが現状でした。今の運営者だってきちんと理解していないんですよ。分からないままただ前例を真似るだけ。私はそれを知るために■■■■までした。


 あれ。本当なのか疑わしい、そんな顔をしていますね。しかし、今の私がこうして知って・経験したのですから、この筋が正しいということ他なりません。だろうと現実じゃなかろうと、私が知って経験した限りではこうなのだからこうなのです。


 賢いあなたはもうおわかりですよね。

 ええ? いやだなあ、謙遜しちゃって。

 だってこれは、結びつくじゃないですか。

 何と? 私がこれまで調べ上げていた全てと。


 ええ、そこまでして私に言わせたいのか。■■■■■だ。

 よく考えてみてくださいよ。波導エリは毒を撒き散らす役割だったんです。世の中を呪って自覚的にそうしたのか、それとも端金に目が眩んでそうしていたのか、それとも彼女自身もまたそういう異常行動を強制されていたのか。

 波導エリの妹が絹澤弘子だったらしっくりきませんか。それとも親しい友人? だったら絹澤匠がほぼ生まれながらに毒されていた理由もつく。実験体ですよ実験体。森山麻里衣もその一人かも。いいえそうに違いない。

 何の実験体かって?

 そりゃ「顔の怪異」を効率的に広めていくためのでしょうよ。

 祢津由紀が書いた「光相の導き」の会報を読めば分かる通り、あれはあまりにコントロールされすぎていた。あれ以上発展性がないくらいに。だから■■させたんだ。


 そんなことして何になるのかって? 考えてもみてくださいよ。

 そもそも波導エリは自分の娘さえもきっと生贄として捧げた悪魔だ。

 アライちゃんはきっと波導エリの娘で、友人Aも棚橋エミもそこから感染した。棚橋エミは高校時代の友人に、高校時代の友人は電子掲示板に書き込んで釣り餌を撒き、果ては包丁女として同僚を刺した彼女かもしれない。きっとそうだ。だって年齢的に一致するでしょ? それが証拠じゃないですか。

 佐伯景太郎、いえ、今は千田景太郎か。あいつみたいな成功者の存在もまた餌なのでしょうね。毒ばかり撒き散らしていたら、いつか必ず収束してしまう。だから本当に、美味しい思いをさせるのも生存戦略的に理にかなっている。


 根拠のない妄想だって? それじゃあ彼のことはどうです。

 藤石宏明ですよ、藤石宏明。あの天才たるKが認めた作家なのだから、それはもうすばらしい作家だったんでしょう。波導エリは彼を利用しようとしたんです。それとなく仄めかし、興味を引いて、彼の作品を通して「顔の怪異」を拡散しようとした。それに気づいた彼はすんでのところで踏みとどまった。■■■■に成り果てながらも、自らの作品に毒を紛れ込ませる良心の呵責に苛まれ、断筆をした。きっと死んでるんでしょうね。顔の怪異に取り憑かれて無事でいるとは思えませんから。


 はあ。そうですか。

 私は頭がおかしくなった、と。

 失礼ですね、あなた。仮にそうだとしても――お言葉ですが、創作者なんてどこかしらに異常性を抱えていますよ。そうでなくちゃこんなことやらない。だけどこれだけは言わせてください。私は正常だ。正常。これは断じて妄想なんかじゃない。妄想なんかじゃない。妄想なんかじゃないんです。


 なに読み流してるんですか。ちょっと。

 こうして私が地獄で記録していることを、あなたはきちんと読んで理解を進めるべきだ。■■■■がある。安全圏から■■■みやがって。いいですか。これは妄想なんかじゃないんです。仮定に仮定を重ねた砂上の楼閣であろうと、こうして筋を通して紡ぐことが出来る。だったらこれは、物語なんです。地獄のような物語。


 物語。物語。物語?

 うーん。物語、か。

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