市原面削神社宮司の証言 音声記録の文字起こし
[宮司] 何、じゃあアンタは怪しいものじゃない、と?
[Rinto] そうです。あの、どうしても信用ならないのであれば、父に連絡していただいても構いません。父も■■■■神社の宮司をやっておりまして――
[宮司] そうだとしたら余計に、なんでそんな本殿の鍵壊して忍び込むなんてマネするんだよぉ。罰当たりだし犯罪だよ犯罪。ちょっとおかしいんじゃないかキミ。
[Rinto] それに関しては本当に申し訳ありません。お金は今ないですけど、必ず弁償させて頂くので……ただ、まさか、御神体を公開していないとは思わなくて。
[宮司] コロナ禍前に一度、盗難にあってそうしたの! まったく腹立たしい。意味がわからんよ。どうして御神体を盗もうだなんて発想にいたるんだかね。歴史的には価値はあるけど、お金に変えられるようなものじゃないから油断したよ、もう。
[Rinto] と、盗難? わ、私はそんなつもりじゃ
[宮司] はっ、どうだかね。盗む前に見つかったからそう言ってるだけじゃないの?
[Rinto] 違います、というより、盗まれた? え?
[宮司] 知らんのか。東京の女子大生――ってわりには、訛り混じりの子でね。わざわざここまで通って来て、ぱっと盗ってったんだよ。 最終的に目立った破損なく返しに来たからオオゴトにしなかったけど。まったく近頃の若い子はどうかしているよ。
[Rinto] 大学生の、女の子……。
[宮司] その子、なんて言ったと思う? 「この御神体だけが私の災いを振り払ってくれるはず」「どうすればもっときちんと効果が発揮されるのか」、なんて盗んだ御神体片手に私に詰問するときた。病んでるね。ほんと参っちゃうよ。
[Rinto] その子……。いや、ここの御神体にはそういう――悪いモノとの縁を断ち切るだとか、災いを引き受けてくれる効果があるから、頼ってきたんじゃないですか?
[宮司] あのね。アンタ、その謂れを誰から聞いたんだ?
[Rinto] 誰って、えっと――その筋の、業界の人に
[宮司] その筋ってどの筋だよもう! アンタうちの由緒を調べたのか!?
[Rinto] それは、その……、面を削ぐって書くから、顔に関する怪――わ、災いだとか、そういうものから守ってくれるのでは
[宮司] はぁ――。(長い溜息)
[Rinto] え、え、え、……違う、と?
[宮司] 全く違う! 面削神社ってのは、大陸から古代日本に伝わった伎楽っていう古い舞踊の復活を試みた、富来浄明の功績を称えるために出来たんだ! 面削は伎楽に使うお面を削るってとこから来てるの! 文化の復興と保存にご利益があるっていうならまだしも、縁切りや修祓に特別な謂れがあるわけじゃない――
[Rinto] …………それ、本当ですか
[宮司] なんだ、急に暗い顔して。あの女子大生みたいな反応するなよ。
[Rinto] あの、その子。それから、どうなったんですか?
[宮司] はあ? 知らない――訳でもないか。ふらふら一人で帰っていって。それからしばらくして、その子の母親が訪ねてきたよ。行方知らずになったってな。まあ気の毒な話ではあるが、だからといって許されることでは――
[Rinto] 効果が、ない……。嘘、だった……? そんな、そんなはずじゃ。あの、宮司さん。ここでお祓いは受けられますよね。それなら効果はあるんですか?
[宮司] は?
[Rinto] だから、顔の怪異を祓う方法があるんじゃないんですか!?
[宮司] 顔の怪異ぃ? さっきから何を言ってるんだ?
[Rinto] いや、もういいです。とにかく一度お祓い受けさせてください。宮司さんが気づいていないだけで、本当はちゃんと効果があるとかじゃないと――じゃないと、そんな、私、もう、無理なんです 嘘でしょ そんなの……
[宮司] なにキミはさ、何かに取り憑かれて、だから助けてって言いたいの?
[Rinto] ……うぅ、……はい、そうです
[宮司] あのねえ。悪いけれど。お祓いって、そういうのじゃないよ?
[Rinto] どういうことですか……。説明してください。小説でだって映画でだって、儀式やお祓いで悪しきモノを退けるじゃないですか。やってくださいよ。
[宮司] キミも、いい大人なんだから、分かるでしょ? そういうのってフィクションじゃない。お祓いってのは、節目節目に心と身体を清めて折り目正しい日常を送れるよう心掛けましょうっていう、ただのイベントだよ。変な期待されてもなあ……。
[Rinto] そんな、どうしてそんな急に現実を見ろみたいな言うんですか。じゃあどうしたら……。私、本当に困ってるんです。このままじゃ死んじゃうんです。
[宮司] 何か変なことでも吹き込まれたの? まあ、人間そう簡単に死なないから大丈夫だよ。どうしても不安ならここじゃなくて、心の病院に通ってくれないか。
[Rinto] そうじゃなくて、怪異なんです! 本物の!
[宮司] はいはい。さあ、もうじき閉めるから、帰ってくれないかな。
[Rinto] あっ!!
[宮司] うわっ、なんだよ急に。
[Rinto] く……くるな、……そういうことか……くそ……
[宮司] さっきから何ぶつぶつ言ってるんだ。……ん? どこを見てる?
[Rinto] ……いや、いやだ、……痛い……
[宮司] なんだよアンタ、本当に気味悪いな。警察呼ぶぞ!?
[Rinto] ――す、す、スミマセン。もうシツレイします。
[宮司] ……なんだよアンタ、本当に大丈夫か?
[Rinto] ダイジョウブです。私も、ヤラナケレバならない、ことがあるので
【筆者メモ】
後になって気づくが、私にコンタクトしてきた「二代目・荻窪のグランマ」のアカウントはこの時点で既に削除され、連絡が取れないようになっていた。
つまるところ、これは霊感詐欺というやつだった。
どうかな。笑えるだろう。ケッサクじゃないか。
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