担当編集からの電話

「あの――Rintoさん、ご存知ですか」


 その頃になると、私は夜眠ろうとすると必ず「顔の幻覚」の悪夢にうなされるようになっていた。睡眠不足を誤魔化すには気休めにしかならない浅いうたた寝を妨げたのは、それはそれは珍しいことに担当編集の佐藤氏からの電話だった。

 どこか焦ったその口ぶり。重版なんかの良い知らせではなさそうだ。


「……K先生が、亡くなりました」


 その言葉に、私は絶句した。

 ――Kが? 何度殺しても死ななそうな、あの本物の天才が?

 頭の中がちりちりと痛んだ。酷い風邪の時のような悪寒に襲われる。

 また悪夢でも見ているんだと思って、内腿のあたりを指先で強くつまむ。

 痛い。醒めない。さらに力を強める。痛さの中で懇願する。どうか覚めて。悪夢であって、と。しかし、どれだけ力を込めようとこの悪夢から目覚めることが出来ない。

 耐えられなくなって指を離すと、内股には赤黒い痣ができていた。

「もしもし? 大丈夫ですか?」

「あ、すっ、すいません…………どっ、……どうして?」

「まだ警察の方が現場検証中で、なんともいえませんが。部屋の状況を見るに、急性アルコール中毒か、酩酊して吐瀉物で窒息したのか。……あの、Rintoさん一昨日K先生と飲んでいたそうですね? 何か様子が変だとか、なかったですか?」

「そ、それは……その、」

「それと、Rintoさん宛らしいメモが残っていたんですが、『やっぱりこれは本物だ。俺は酒を飲む強制に抗えない』と書かれていて――この意味、わかります?」

 携帯端末を持つだけのことが難しいくらい、手が震えた。

 私のすぐ背後で、腐肉のような顔がほくそ笑んでいる気がする。

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