友人作家とのやりとり4―2
「あれ。それだと結果的に、私がその『顔の怪異』を、勝手に自分の作品のプロットに落とし込んだみたいになっちゃうんじゃないかな」
「いや、ヘンに変えず絶対このままで行け――」
急に語勢を強めたKは、真剣な顔で続ける。
「――別に怪異に版権があるわけでもねえし、なんなら『実在する怪異を描いた』なんて良いウリ文句じゃねえの。そういう空気感の生々しさや凄まじさが含まれてるからこそ、お前の担当編集だってアクション起こそうと思ったんだろうし」
あのKが、遠回しとはいえ、私のプロットを評価した?
私は必死に顔に出さないよう努めたが、内心では天にも昇るほどの喜びだった。
デレデレと締まりの無い顔をしていないか不安になり、それとなく顔を手で隠す。しかしこちらの気も知らず、Kは店員を捕まえてお代わりと空のジョッキの回収を頼んでいる。よくもそうビールばかり飲んでいられるものだと呆れてしまった。
ビールが届くのを待って、私は着想をKに伝える。
「……私は、絹澤匠が陸上の才能と適性があったんじゃなくて、『何か不思議な力で陸上競技を強制させられていた』と感じたんだ。顔の幻覚は直接害はなさなくとも、そういう異常行動を強制させてくるんじゃないかって――」
幼い頃から顔の幻覚を見て、陸上競技の才能があると期待された絹澤匠。
しかし、彼は陸上競技をすることは自らの意志ではないとSNSで吐露していた。つまり彼が陸上競技を行うのは異常行動を強制されているのと同様の状態だ。
いくら鍛えられても、さらにまた厳しいトレーニングを強制されていく、終わりのない日々。本人の意志が一切ないそれはきっと人生が拷問に等しくて、精神的に摩耗していった結果、あの事件が引き起こされたのではないか。
「――それで絹澤匠は、顔の幻覚が両親からの期待に縛られるストレスから見えるものだと思ったのかもしれないし、もしくは両親を殺しさえすれば逮捕されて強制的に陸上競技から離れられると思ったのかもしれなくて」
そして、本当に両親を殺してしまった。
嫌悪する幻覚への意趣返しのように、二人の顔を剥ぎさえした。
そしてそこまでしたというのに、顔の幻覚は消えることなく、異常行動の強制も止まることもなく、自らがしたことがなんの意味もなさない無駄な行動だったと気づいた瞬間、絹澤匠はどれだけの絶望と後悔を覚えたのだろうか。
お酒を飲んでいるのにも関わらず、私は軽く身震いしてしまう。
「そりゃあ、死にたくもなるか」
そう呟いたKは、ぐびりとビールを呷る。
私はふと、Kが何杯飲んだのか気になった。彼は酒に強くはあるが、こうもお酒を痛飲する方ではない。創作に悪影響が出るから嗜む程度に抑えていると言っていた。
「いや、俺の話はいいっての。今はこの『顔の怪異』についてだ。……藤石宏明が最後に残した留守電記録でも、笑う『何か』に苛ついて、しかも消えてほしいと懇願してた。そしてそれが叶わなかったから、断筆すると言ったように受け取れるだろ?」
そうすると、こうは考えられないかとKは言う。
波導エリの団体から『顔の怪異』に関連する情報を与えられた藤石宏明は、調査するうちに顔の怪異に取り憑かれるようになり、やがて何かしらの異常行動を強制されるようになった。それが創作活動に差し障りが出るために、顔の怪異を解消しようとしたものの結局は叶わず、断筆宣言をして失踪した。
「書いてたのか書かされてたのかわからない――なんて言うくらいなら、あの速筆力が実は顔の怪異の異常行動の強制によって実現したことだったりしてな……いや、そうすると前後関係がおかしくなるから違うだろうけどな」
「そんな強制力なら、私はむしろ望むところだけれど」
しみじみと漏れてしまった呟きに、Kは呆れながら言う。
「はは、そんなにいいもんじゃねえと思うけどな。というかお前さ、きちんと理解してんの? ……この推測が正しかったら、お前もまた、いつか『顔の怪異』が良く見えるようになって、果ては何かしらの異常行動を強制させられるんだぞ?」
今まで出来るだけ考えることを避けていた、その当然の帰結。
暖房が強いわけでもないが、私は背中にじわりと汗をかく。
「まあ、それは――そういうことに、なるか。なるよね」
Kは、鋭い視線をこちらに向ける。
その目は血走っていて、何故か少し黄ばんで見えた。
「……今のところ、何かを強制されている感じはしねえの?」
「わからないけど、今のところは特には……。もしかすると、悪化するのにも何かしらの条件というか、適性とかトリガーみたいなものがあるのかもしれないし」
希望的観測でしかない言葉だった。
どれだけ誤魔化したって、怖いものは怖い。怖いのだけれど、凄まじい作品を作り出して、それでまたKの隣に立てるのであれば、それ以外のことなど瑣末事だった。
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