動画配信者によるカルト団体突撃企画
[55くんのカルト団体潜入してみたVol.3前編 文字起こし]
(照明の強い部屋、赤いソファーに浅く座っている一人の若い男性・55くん)
[55くん]はいどうも! 55くんです。今回は皆さんお待ちかねの大好評企画「カルト団体潜入してみた」の第三弾、「■■■■■の自己啓発セミナー編」です!
(盛り上げるSEとエフェクトが流れる)
[55くん]いやあ今回もヤバかったね。マジで。いやこの企画でヤバくなかったことないんだけどさ。ははは。本当に大丈夫? マジで俺消されちゃうんじゃないかと思ってビビってたよ? いや、君ら助手くんは顔出ないからいいけどさ、俺は違うから。狙われるとしたら俺が一番最初なんだからね? 顔バレしてるんだしさ
(画面外に話しかける55くん 助手と思われる笑い声)
[55くん]今回潜入したのはこちら! ででん!
「運命を切り拓く■■■■■マインドセット実践講座・管理職編」!
55くんもサラリーマン経験があるからね。正直カルトなんて無関係の、ただの普通のビジネス講座なんじゃないの? これで撮れ高あるの? って不安だったんだよ。いやもちろん「あの波導エリも大絶賛!」っていう煽り文はちょっと変ではあるけどさ。皆覚えてる? 波導エリって昔ちょっとテレビ出てたうさんくさい実業家モドキ。こんなの広告塔にして効果ありますかってレベルのタレントでしょ。でも今思えば、これが前フリになってたよね。どういう層に向けたセミナーなのかって
[55くん]え? 喋りすぎ? ああごめんごめん。はやく潜入したところ見せろってね。 わかった、わかったって、あはは。そんじゃあ仕事ふやしてゴメンだけど、うまくカットしといてくださいね助手くんの皆。それじゃあ55くん隠しカメラ、再生!
(画面が切り替わり、殺風景な貸し会議室の机の上、参加者らの背中が映る。壇上以外はモザイクの加工がなされており、具体的にどこの会場かは判別できない)
[55くん]えー、会場に無事潜入しました55くんです。結構大きいハコですね。120くらいある席は六割、七割くらいおじさんで埋まっている状況でしょうか。カジュアルな格好の人も中にはいますが、ほとんどがスーツ姿。良かった、俺もスーツで
(ひそひそと喋る55くん 司会者と思しき男性が壇上で語り始めている)
[司会者]この通り、数多の企業様で勉強会を行っております。また、ビジネスパーソンに限らず、政治家・医師・俳優・作家・教員・スポーツ選手など、幅広いジャンルの著名な方々にもご参加いただきまして、皆様から感謝のコメントを頂戴しました
[55くん]そんな大して変なことも言ってないし……うーん、やっぱりこれ、普通のビジネス講座なんじゃないのかな? どうする? しばらく様子み――、っえ。なんだあれ。え、なになになになになに。なにあれ。え、でか
(全長150cmほどの大きな仮面? が複数のスタッフらの手で壇上に運び込まれる)
[司会者]そもそも旧来、ビジネスパーソンに求められるのは忠実な歯車の役割のみでした。しかしそれも時代錯誤です。今、真に必要なのは、タフな歯車でありつつ自らが社会を切り拓く当事者だと強く意識して自発的に動く、そういった意識改革で
[55くん]いや、いやいや、なんの用途だよ。触れろよ……説明してくれよ
[司会者]ええ、求められることが多く、生半可な覚悟では不可能です。経営者以上に先を見据えて行動しなければならないのですから、非常に苦しく困難なタスクです。さて、それを実現するためには皆さんはどのような生存戦略をとりましょうか
(参加者らは戸惑いこそすれど意外と冷静で、中には熱心に頷く者もいる)
(中略)
[司会者]つまるところ、即身仏のように過酷極まりない苦行を成せるのは、個々人の適正はあるにせよ、この「神に見られる・導かれる」というマインドセットの役割が非常に大きいウェイトを占めていると考えられます。見られているから苦行に挑み、導かれるから苦行に耐えられる。……ここまででなにか質問はありますか?
[参加者A]あの――いいですか。はい、どうも。理屈としては理解できます。ですが、それは根性論だとか精神論と呼ばれるものといかほどの違いがあるのか気になります。素人質問で恐縮ではありますが、そこに到るメソッドが確立しているのですか?
[55くん]おっ、いいぞおじさん。論破してやれっ
(映像の端で人影と思しき黒い影? のようなものが蠢いている)
[司会者]非常に的を射た質問、感謝いたします。仰る通りで精神論や根性論の類は、現場では瞬間的に形骸化することがほとんどですよね。しかし我々が推奨する方法はそれとは継続力も実行力も共に別物で――ええ、順番が前後しますが、実証してみましょうか。これを極めれば、どんな苦労も自動で身体が動くようにさえ感じますよ
(司会者の合図と共に、一人の温厚そうな男性スタッフが壇上に現れる。彼は背後に立てかけられた大きな仮面のオブジェに深々と頭を下げた後、こちらに向き直る)
[司会者]皆さん、気になっていたでしょう。この巨大な顔を模したオブジェは何なのか、と。これは我々が行動経済学・認知心理学・応用科学の方面からアプローチし、宗教性を排した上でイノベーションされた、《■■■■》となります
[55くん]何言ってんだコイツ……、中々にどうかしてるじゃん
[司会者]このツールを利用してマインドセットをすれば、どのような困難をも実現させる新時代の優秀な人材に生まれ変わります。壇上の彼も先日ついにマインドセットが適応されましてね。さあ、その効果の程をお見せいたしましょう
[二十代ほどの男性スタッフ]本日はお集まりいただきありがとうございます。今回マインドセットの効果実証役を拝命しました、■■■■■■■研究会の■■と申します。つきましては、会場の皆様から、私に何か「難問」を頂戴できればと思います
[55くん]は? どういうこと?
[男性スタッフ]どなたかおりませんか? この場で出来ることならば、どんなことでも結構ですよ。どうぞお気軽に――それじゃあ、そちらの方。はい。黄色のネクタイの。はい。あなたです。何か私に難問を与えてみてください
[参加者B]な、難問……? ちょっと、意味が分かりかねるのですが……。その特別なマインドセットで、難問? に対応が出来るようになるということですか?
[男性スタッフ]必ずしも皆がそうなる、という訳ではありません。このマインドセットは、その者が持つ運命を最大限開花させるよう強制促進するもの――言い換えれば努力を厭わなくなるものです。それで結果的に、私が開花したのは「難問への対応力」だった、ということになります。さて、それでは難問をどうぞ。
[参加者B]はあ……。難問……え、ええと、それでは、……フェルマー、フェルマーの最終定理について、説明をお願いする――とかでも良いのですか?
[男性スタッフ]はい。nが3以上の自然数の場合、方程式x^n+y^n=z^nを満たす自然数x、y、zは存在しないという、フランスの裁判官で数学者でもあったピエール・ド・フェルマーが残した最大の難問、だったものですね。彼の死後350年余り数学界を悩ませましたが、95年にアンドリュー・ワイルズが完全証明に成功しました。内容について説明させて頂きたいのですが、〝この会場でそれを説明するには時間が足りなすぎる〟といたしましょうか。それではお次の方、どなたかいらっしゃいますか。
(感心する参加者たちのざわめき)
[55くん]バッカじゃねーの。こんなんただの仕込みに決まってんだろ。ダメだねマジメなおっさんたちは簡単にノセられて……よし、それじゃいっちょカマしたるか
(視点が高くなる。55くんが起立したと思われる)
[55くん]はい! 俺からも一つ、いいすか
(男性スタッフが55くんに向かって頷く)
[55くん]どんな難問でも構わないんですよね
[男性スタッフ]ええ、この場で実証可能なものなら。なんでも仰ってください
[55くん]それじゃあ――――ふふ、今から、骨を折ってみせてもらえませんか。腕でも足でも、どこでもいいですよ。もちろん他人じゃなくて、自分の骨です
(男性スタッフと周囲参加者から怪訝そうな視線が集まる)
[55くん]なんですか。どんな難問でも対応するんでしょ? 出来ないの?
[司会者]いや貴方……本当にそれを観たいのですか? 冷やかしはやめてください
(虚空に視線を彷徨わせつつ)[男性スタッフ]……これ……ぁ……の、……そう……
[55くん]出来ないんでしょ? 出来ないなら出来ないって言ってく
(ぱきん、と枯れ枝を踏んだような音が会場に響く)
[55くん]…………は?
(穏やかな笑顔を浮かべる男性スタッフ。その左手の人差し指はあらぬ方向に完全に折れ曲がっており、力無く揺れている。彼はそれをじっくりと周囲に見せつけている)
[55くん]――う、うわっ、お前っ、マジかっ
(参加者らのどよめき。その中で再度、ばきん、という音が響く。人差し指に次いで中指も変な風に折れ曲がり、どす黒くなっていくのを丁寧に見せつける男性スタッフ。彼は笑顔を崩すことなく、左手の薬指を右手で掴む)
[55くん]アタマ、おかしいんじゃねえのっ?
[男性スタッフ]いいえ、容易いことですよ。身体が勝手に動きますし
(ばきん、と響く。薬指も歪に折れ曲がった。男性スタッフは小指に手を伸ばす)
[55くん]やっ……やめろ! やめろって!
[男性スタッフ]もうよろしいのですか? それでは次の方
(遮るように)[司会者]――はい。いかに優れた実現力を持つ人材になるのか、お分かりになられたかと思います。ここで実証の方は終了とさせていただきましょう
(男性スタッフは一礼し、壇上から去る。痛みからか脂汗を流すが、表情は崩れない)
[司会者]優秀な人材の確保・育成は管理職の皆様を悩ませましょう。しかしこのマインドセットを適応出来たなら、どんな人物も優秀な人材となる。自らなるも良し、部下になってもらうのも良し。いずれにせよ、必ずや組織に大きな利益と発展が約束されるのは――想像に難くないでしょう。もしもこの先にご興味がないという方がいらっしゃれば、今ここで退室をお願いいたします
(会場の参加者らは言葉を失うが、しかし退席しようとするものは誰一人いない)
[司会者]よろしいですかね。それでは続きまして、その具体的なメソッドについて説明していきましょう。まずは皆様、この《■■■■》に対して軽く顎を引いて俯いてください。それから《■■■■》をぼやかすように薄目で視ていただけますか
(参加者らは戸惑いながらも、司会者の言う通りに俯いていく)
[55くん]キモいキモいキモい、なんだよこいつら……キモいって
(55くんの呟く声がフェードアウトしていきながら、映像が暗転。数秒後、映像が切り替わる。序盤に映っていた、照明の強い部屋の赤いソファーに座る55くん)
[55くん]いやあ、本当にやばいよね? うん。助手くんらだって、マジでビビりちらかしてたじゃん。いやあんなの仕方ないって、異常者集団すぎるでしょ。もう想像以上。こんなの今までで一番……
(急に言葉を止めて顔を上げ、画面外をじっと見つめる)
[55くん]……そう、一番、だったよ、ね。
(気を取り直すかのように首を振る)
[55くん]――なっ! 助手くんたちもそう思うだろ?
(反応はなし。静まり返っている)
[55くん]ははっ、それな! そう! そう!
(反応はなし。彼が座り直したことでソファーが軋む音が聞こえるのみ)
[55くん]うわ、助手くん言うね。今日は絶好調じゃん、なはははっ!
(反応はなし。彼の笑い声だけが反響する)
[55くん]いやー、視聴者の皆も続きが気になるでしょ? 実はそれからもっともっと過激な映像が撮れちゃってるのよ。ヤバい! 本当にヤバすぎる! そんなとんでもない後編、来週までには動画アップできると思うので、ぜひぜひ皆さんお楽しみに! それじゃあ今日はこの辺で! チャンネル登録と高評価、よろしくぅ!
(楽しげに手を振っていた彼は突然固まり、無表情に画面外を見始める)
[55くん]…………ぁ
[55くん]……これ……ぁ……の、……そう……
(不明瞭な呟きをしつつ立ち上がり、不安定な足取りで自らカメラの電源を消す)
(動画終了)
【筆者メモ】
元々は2019年3月9日に「55くん」と名乗る動画投稿者が投稿サイトにアップロードした動画。元動画はアップされた翌々日に削除されたが、その二日間のうちに動画をダウンロードしたであろう何者かによって無断転載され、それがやがて削除されてもまた別の誰かに無断転載されるという形で動画がネット上に漂っている。
無断転載される過程で、動画は何者かによって編集・加工された形跡がある。
確認できた三つのバージョンの中で一番長くオリジナルに近いものが今回のもの。
「55くん」は、売名のために過激な行動をする、いわゆる炎上系の動画投稿者だった。そのため当初はこの動画の内容も動画を削除したことも、それら込みですべてネタなのではという見方が強かった。しかし精力的に行われていた彼の動画投稿は、これ以降ぱたりと更新が止まったまま現在に到る。
彼は何を経験して、それから何が起きたのだろうか。
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