週刊Fizzy 08年夏の特大号掲載[荻窪のグランマ、ぶった斬る!]

[荻窪のグランマ、スピリチュアル・セミナーをぶった斬る!]


抜けるような青空。燦々と照り付ける太陽。海に花火に夏祭り、そして甘いバカンス。数多のイベントに心躍るサマーシーズン――のはずが、今年の夏はいつもと勝手が違う。最悪の通り魔事件を皮切りに、国内外で地震が多発、全国規模で局所的豪雨による水害が起こるなど、どうにも落ち着かない心持ちにさせるではないか。

 彼女が占い屋を構えるこのマンションも鈍色の霧雨に煙っていて、いつもと違ってうら寂しく、[本日休業]のパネルは揺らめきさえも心許なく感じてしまう。

 しかし、扉の奥のチェアで待ち構えていたグランマ当人はというと、コニャック片手に葉巻をくゆらすという、普段よりも輪をかけてリラックスした姿だった。


【取材者立木 以下、立】どうも最近、漠然と不安になる人が多いのだそうです。

【グランマ 以下、グ】不安、ね。上手なお付き合いが出来る方が珍しいでしょう。

【立】グランマはご存知ですか? 漠然とした不安を解消すべく、今、巷ではスピリチュアル・セミナー(※)が流行っているのだそうです。


 ※スピリチュアル・セミナー

 精神世界や超自然能力を存在するものと考える主催者が、参加者らにそれらの一端を触れさせることを目的とした勉強会形式の集会。玉石混交ながら、人気のセミナーになると3ヶ月待ちのものも。参加者の多くは「気づきを得た」「癒やされた」「生まれ変わった」と好意的な反応。参加にある程度の費用がかかる。


【グ】ああ……あれはね、本当にいけないことよ。

【立】そうなのですか?

【グ】そんな素人のとこで無駄金払うくらいなら、私の元に来てほしいもの。私なら相場の三分の一の価格で三倍以上の効果ある占いをしてみせるわよ。

【立】そうはいっても、グランマも予約の取れない占い師さんじゃないですか。お金がかかってしまうにせよ、それで不安を埋められるならば、そういうスピリチュアル・セミナーを一時的に利用するというのも経験として悪くはないのでは?

【グ】違うのよ。ああいうのは信用に値しないの。今の人気所だと「〇林◯子」とか、「◯海◯代」、「黄◯世◯一」だとかかしら? あの子達、神秘学のシの字もかじっていない、ただ口からでまかせ言うだけのおしゃべり上手よ?

【立】グランマ、今のは編集部判断で伏せ字にさせていただきます(笑)

【グ】でも、知識もないのに聴き心地の良いそれっぽい事を言うだけなんて、ねえ? 酷い人なんて「前世のカルマが~」「貴方を恨む人の怨念が~」なんて嫌なこと言うでしょ? あれだって不安を増長させて判断力を低下させて、お金を巻き上げやすくするためだけの嘘なんだし、やっぱり詐欺師よねえ。それもかなりタチの悪い(笑)

【立】いやはや(笑)お酒のせいか、より舌鋒が鋭いですね。

【グ】……まあ、そもそも私をはじめとしてスピリチュアルを飯の種にしている人っていうのはね、矜持を失えば簡単に地に落ちるものなの。少し気を抜けばいくらでも他人を不幸に出来る。その逆はどれだけ頑張っても難しいのにね。そこを自覚しないで「運命が切り拓かれてハッピーになれる~」なんて、御大層な売り文句を真顔で言う輩のことなんて、絶対に関わっちゃ駄目よ。ホント馬鹿馬鹿しい。

【立】それはまさか、「波◯◯リ」さんのこと?

【グ】ええ、そう。あの子はあの界隈の中でも一番の大馬鹿者よ。

【立】グランマは以前「彼女はちゃらんぽらんな性格を演じているけど、実際は凄い勉強家だ」と評価しておりませんでしたか? 実際、彼女がプロデュースに関わっている各種セミナーは満足度も非常に高いと評判のようですが。

【グ】馬鹿にも二つあるのよ。知識がなくて馬鹿する奴と、知識があるのにあえて馬鹿する奴。本当に厄介なのは後者でしょ。彼女もそうだってこと。

【立】えっと……それは「波◯◯リ」が本物のスピリチュアリスト、だと?

【グ】まあね。だけどあの子は手段を選ばなすぎよ。人を不幸にするのを厭わない。あのやり方ならまだ昔の新興宗教時代の方がきちんとコントロールされていた。品性を疑うわよ、生存者バイアスで評価が上がっているなんて。

【立】グランマ? 私達にもわかるようにお話してください。

【グ】……命が惜しけりゃあれには関わるなということ。

【立】もう一声。今度、ヘネシーのパラディを持ってきますんで。

【グ】仕方ないわね……昔、人智を超えた奇跡を起こす手法が観測された。偶然ね。だけど幸を生むか災禍を生むかは運任せ。ただ超常的な現象を振りまくだけのモノ。

【立】ありがとうございます。……それで?

【グ】だから最初に見つけた者は教義を作り、災いを避けるため入念に崇め奉りて安全装置を着けてマイルドにして、やがてそれは宗教となった。だけど時代の流れで宗教が崩壊した時、あの子は効率のために安全装置を取っ払って運用し始めたの。そりゃ大きな幸も出やすくなるけど、裏ではその何十倍もの災いを振りまいているはずよ。

【立】つまり、その栄華の裏には多くの犠牲者が出ている、と。

【グ】表に出てくるのは幸を得られた人だけでしょう。災いが降り掛かった人なんてもうそれどころじゃないんだもの。……だから、ああいう類のスピリチュアル・セミナーは偽物だろうと本物だろうといずれにせよ近づくべきでないということね。

【立】そうですか……。貴重なアドバイス、ありがとうございます。

【グ】どうしても処理できない不安があって悩んでいる方がいるのなら、ぜひ私のお店にいらして頂戴。一刻を争う場合は優先的に対応させてもらうわよ。――さあ、お仕事はもうそれくらいでいいんじゃないの? 貴方もどう?


 優雅に微笑み、私にもグラスを差し出してくるグランマ。綺羅びやかな硝子細工の瓶から注がれていく、芳醇な琥珀色。揺蕩う甘さとほのかなスパイス。魅惑的な香りが、私を優しく包みこんでいく。これもどうぞ、とほろ苦いショコラ。想像以上によくマッチすることに驚く私を見て、グランマは美味しそうにお酒を飲み干す。

 その姿は言葉に出さずとも雄弁だった。彼女はきっと誰よりも不安との付き合い方を知っている。たしかに私の心を乱していたはずの形のない曖昧な不安は、お店を後にする頃にはさっぱり霧散していた。処方されたのは琥珀色の特効薬。それと業界のちょっとした裏話。気がつけば雨も止んでいて、夕焼け色の街並みは光り輝いていた。私はこの夏の過ごし方を再考しつつ、帰路につく。


【筆者メモ】

 こちらはKから送られてきた、写真週刊誌の一特集。当時のスピリチュアルブームの空気感を味わうために適当にゴシップ誌を拾い読みしていた所、偶然発見したらしい。伏せ字にされているが、おそらく波導エリへの言及がなされている。

 「スピリチュアル」そのものへの信頼度が現在よりも高く、また「知っていて当然」というブーム時特有の雰囲気から、説明不足感は否めない。しかし少なくとも、波導エリは同業界の人から煙たがれていたようだ。


 波導エリはコントロール出来ないのに本物の霊能を扱う(とされている)が、彼女のおまじないを実際に試してしまった身としては、少々不穏な気分にさせるではないか。


 詳しい話を聞いてみようと「荻窪のグランマ」の店を訪ねてみようかと思ったが、彼女はコロナ禍前に病気で亡くなってしまったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る