友人作家とのやりとり

 編集者の佐藤氏との半ば一方的なオンライン打ち合わせを終えた後、腸が煮えくり返った私は迷うことなく近場の酒屋で酒を買い漁り、戸締まりと窓の施錠がされているかを二度三度確認した上で、悪態をつきながらの自棄酒と洒落込みました。

 私は日本酒を好みます。しかしそう酒に強いわけではありません。

 大抵お酒を三合も飲めばだいぶ呂律が怪しくなります。しかしその時はどれだけ飲んでも酔いが回らず、怒りも興奮も醒めやらず落ち着くこともできませんでした。

 そこで誰かに愚痴ろうかと思って、ある友人に連絡しました。

 その友人とは小学校時代からの長い付き合いです。

 仮に名前を「K」としましょう。

 Kもちょうど仕事が一段落したところだったのか、私の突然かつ雑な誘いにもすぐに反応してくれて、数分後には私のパソコンのモニター上に現れました。コロナ禍において一瞬流行ったわりに全然浸透しなかった「リモート飲み」というやつです。

 KはKで缶ビールをすすりつつ、Uberで夕食を取り寄せて、一通り私の愚痴を聞いては相槌を打った後、楽しそうにこう言いました。


「めっちゃウケるじゃん」


 私は猛烈な抗議をしました。ウケないよ、と。

 せっかく引っ掛かった良いアイデアなのですから、できればそれを活かして早く次作の制作に駒を進めたいのです。それが突然ふりだしに戻されてまた地獄のようなネタ出しをやらなければならなくなるのですから、それは苛立ちもします。

 私は小説のネタになりそうなものをネット上から探すことが多いのですが、それを新たに漁ろうとも少しも捗らないし、なんだったら「顔の怪異」の方に使えそうなネタばかり目についてしまう有様で、全く集中出来ていませんでした。


「いや、そっちじゃなくて。■■■■■■■■の編集部に『禁忌題目』リストなんてもんがあるって方が、だよ。俺の担当さんは教えてくれなかったよ、そんなウケるもんあるなら教えてくれたっていいのにさあ」


 実のところKもまた作家業を営む人間であり――というよりも、私より先に小説を書き始めて、そして私より先に大きな賞を受賞して即書籍化を果たし、そしてそれが大好評を博して長期シリーズ化をしている、いわば売れっ子作家です。


「禁忌題目の内容自体も気になるけど、それらを禁忌とするようになった経緯もまた気になるっしょ。つうか普通そんなもんがあるなら、作家らに予め伝えておいたほうが効率良いだろ? 伝えておかない理由がわからんし」


 確かに、言われてみればそうです。私のような弱小作家だったら、ボツにするのなんて容易いことでしょう。しかしKのように勢いある作家や、もっと上の大御所作家が「禁忌題目」に引っかかる作品を書いた場合、どうやって断るのでしょう。


「そんで、お前、これからどうする?」


 これからってどういうこと、と問いかけました。


「いや、だから言われた通り、最初っからネタ出しすんの? それともそのとっておきの、日常生活に溶け込む『顔』の怪異――で仕上げるのかってこと」


 私が返答に困っていると、画面上のKは器に盛られた大振りなエビチリを箸で口の中に放り込んで咀嚼し、それはそれは楽しそうにビールで流し込みました。それからどこか不敵な笑みを湛えはじめたのです。私は焦りました。

 Kがこの顔をする時は、何か良からぬことを企み始めた証拠なのです。昔から決まってそうでした。私は幼い頃からこの不敵な笑みに振り回されてきました。

 小学四年生の頃、私に小説の面白さを教えてきた時も。

 中学二年生の頃、小説を書いてみないかと提案してきた時も。

 高校一年生の頃、出来上がった作品を新人賞に応募してみようと誘ってきた時も。

 必ずこの、Kの不敵な笑みが目の前にあったのです。

 そのため私は、あらかじめ強い口調で宣言しました。

 私はどんな手段を用いても、このアイデアを使った作品を書き上げてみせる。それでも編集者が認めないなら仕方ない、他の公募にぶちこむなり他社に持ち込むなりして世に出してみせる、と。

 すると、Kは声を上げて笑い始めました。


「そうか、もしもそのネタを使わないって言うなら――俺がそれで一本書かせてもらおうかなって思ってたところなんだけど。まあいいか」


 やはりそうでした。この男はそういうところがあるのです。

 普通の人ならば大なり小なり配慮するでしょう。古くからの友人が「このネタで書きたいと考えている」と長々と喋っている最中に、それじゃあ全く同じそのネタ使って自分が書こうだなんてとは言わないしやらないじゃないですか。

 彼は違うのです。興味あるモノや面白そうなモノに対しては躊躇なく突き進み、例えそれで誰かに迷惑を掛けたとて仕方ないというスタンスなのです。そういうエンタメ第一主義だからこそ、凄まじい作品を生み出せるし売れているのでしょうが。

 私が絶対に書き上げるからこのネタを使わないでと念押しをすると、


「わかった、わかったってば。ただその代わり――その面白そうなゴタゴタにさ、何か進展があったら都度教えてくれよ。俺も俺で『禁忌題目』のリストのこと、自分のとこの担当に探りをいれてみるからさ。情報共有していこうぜ」


 正直言えば、それは心強い申し出です。こんな愚痴を聞かせるだけで売れっ子作家であるKに執筆協力――といかずとも、彼からの助力を得られるのです。売れっ子の立場の強さから、うまくいけば編集者の佐藤さんの考えを変えられるかもしれませんし、もっというと編集長にまで働きかけることも可能かもしれません。

 あまりに都合が良い申し出に、どうしてそこまでしてくれるのかと尋ねると、


「そのネタなら、お前は凄い作品が出来るっていうんだろ?」


 おずおずと、私は頷きます。


「そのネタで俺が先に書いちまうと……お前の性格上、俺が書いたらお前はもうそのネタ使わないだろうし、客観的に読む楽しみがなくなるだろ? ――だったらまずはお前が書いたのを読んで面白がって、それでも満ち足りなかったら自分で書いてみるって方がおトクじゃん。『お楽しみ』の総量的にさ」


 コイツめ、と思わず苦笑してしまいました。

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