一瞬の旅路

 空気と共に含んだこくゆたかブレンドはフルーティなアロマを振り撒いて私の口の中をこれでもかという風に埋め尽くす。


 そしてそれは口内から漏れだして呼気と共に鼻の中に移り、嗅覚器官から脳内へ電気信号を通してそれがどういう香りであるのかを主張し始めると、刹那に私はこの店内の空気がガラッと変わったように感じ取れた。


 今まさにカップル達が放つ色は無いがピンク色の甘ったるい浮ついた空気、それが消臭剤や空気清浄機を掛けたように何処かに消え去り、喫茶店特有の香ばしい焙煎の香り、スチームミルクの甘い香りが辺り一帯を瞬間占有したように私は感じたのだ。


 ただ一人の独身者をやり込める、辱しめを受けるような濁った店内の空気から一転、澄んだ新鮮な清流の水の中を自由に泳ぎ回る、そんな感覚なのだ。


 泳ぎ回るという表現例えるのもどうかと思うが、私は本当にカップル達が放つ浮ついたピンクの空気に溺れていたのでこれは私なりの正しい表現だと思う。


 だがその空気も呼吸をするたびに段々と薄れ、その新鮮な水を吸いつくしたのかまた辺りにピンク色の空気が満ち始める。

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