躊躇

 この色も違えば形も違ういかにも仲の悪そうな三つ、それらが入った器。


 コーヒーカップとソーサー、小さなミルクピッチャー、角砂糖瓶。


 これらをゆっくりと音を鳴らさないように引き寄せる。


 改めて確認するが、濃く苦めのコーヒーに濃度の高いミルクと更に砂糖を入れ、その上澄みを味わうのが彼の人の楽しみ方。これを再現する。


 さて、早速ミルクを入れるとしよう。


 ミルクピッチャーを持ち上げいざコーヒーに、という時に私の手は止まった。


 コーヒーカップの中で芳醇な香りを立てるこくゆたかブレンド、これをそのまま味わう事無くミルクを注ぎ込む行為にこのコーヒーを淹れてくれた店員さんに対する若干の罪悪感を覚え始めたのだ。


 しかしここでミルクを入れなければ彼の人のブレンドは再現できない。だとしても彼の人の愛したこの店のコーヒーを味わわずに混ぜてしまっても良いのだろうか。


 でももう夜中だというのにコーヒーを飲んでしまったら、果たして今日は眠れるだろうか。


 うーん。折角だから一口。一口だけなら夜でも大丈夫なはず。きっと大丈夫。


 一杯だけなら夜も寝られる大丈夫という根拠もない自信に身を任せ、持ち上げていたミルクピッチャーを机にそっと置きコーヒーカップを掴んで一口啜る。

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