甘い香り
あはは、うふふ。
何とも空気の味が甘い。
あの店主から貰った蜂蜜レモン酒を少し口にしていたとは言え、あまりにも空気が甘すぎるように感じるのだ。
不思議なものだ。芳醇な香りのまろやか、もしくは酸味のあるコーヒーを出す店だというのに、多量のシロップを鍋で火にかけカラメルが出来る瞬間の甘い蒸気を鍋のすぐ近くで嗅いだ時の甘い香りが漂っている。
お目当てだったあの席に座るカップルは、窓の外に映る夏祭りの熱気を移り変わる夜景の様に鑑賞し、それを付け合わせにコーヒーを頂き話に花を咲かせている。
彼らの口から発する言葉の一つ一つから花の芳香のような甘い香りが噴き出しているのではないか。彼らは本当に人間なのか、言葉と口から発する呼気から出るその甘い香りで私のような独り者を取り殺して栄養を得ているエイリアンではないのか。
ええい乳繰り合うなそこ、まだ人前だぞ。全く、独り者には本当に目の毒だ。
やっとの事辿り着いたこの席は始めオアシスの様に思えたのだが、実際の所ここは蟻地獄、私はまんまとカップル達の毒牙にかかってしまったのだ。
「ご注文はいかがいたしますか?」
「っええ!ああはい!」
カップル達を訝しむ事に夢中で店員さんがメニューを持ってつかつかと歩いてくるのに気付けなかった私は不意打ちを食らって素っ頓狂な声を上げて驚くと、その可笑しさに気付いた幾つかのカップルからは失笑が漏れだす。
いかにも馬鹿にされた感じがして私は恥ずかしさと怒りがこみ上げて顔を少しばかり赤くすると、それを覗き見ていたカップルは更にくすくすと笑う。全くもって腹が立つ。
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