影もなく
「あら、黒すけもういなくなっちゃったかしら?」
店主は少し体を乗り出して覗き込みながら私の足元近くにいたはずの彼を探すものの、彼のその背中すら見つける事が出来なかった。
「まったく、いっつもこれなんだから。用が済んだらすぐ影も形もなく居なくなっちゃうのよ。毛一本すら残さないの。」
店主はそう言って元の席に座ると私の方へ向き直る。
「あの、随分あの猫と仲がよろしいように見えましたが、あの猫って其方の飼い猫なんですか?」
そう私が店主に訊くと彼女は苦笑いを浮かべた。
「いいえ、誰の飼い猫でもないのよ。でも私の家や近所の家に、そうそうもっと遠い所の家にも出入りしたりする不思議な猫なのよ。」
「不思議な猫、ですか。」
「そうなのよ。居間で本を読んでたりすると気づいたらベランダに居るのよ。音もさせずにいつの間にか、ね。」
「いつの間にか。」
「そう、いつの間にか。不思議な猫よ。飯を寄越せって鳴いて、出したもの食べた後にいつの間にか消えちゃうの。まるで幽霊だけどちゃんと触れるから幽霊じゃない。不思議な猫よ、本当に。」
店主は溜息を一つついて空を見上げる。
「それで何度かに一回はご飯の御代のつもりなのか、何処からかお花積んで持ってくるのよ。それも私の旦那が好きな花ばかり。どうして知ってるのかしらね。」
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