03

 甥っ子との共同生活は、驚くほど困ることがなかった。

 俺の勤務先の定時は午前九時から午後五時、世間一般的にはホワイト寄りの職場だと思うけれど、それでも時間ぴったりに帰れるということはほぼない。諸々あって帰宅は大抵夜の七時を過ぎる。子供を預かってる立場としてどうなんだ、もっと早く帰ったりするべきではないかと思わなくもないのだが、哲平は別に平気だという。

「じいちゃんも母さんも、昼間はいなかったから」

 だから今更何とも思わないらしい。が、それにしたってちょっと出来過ぎな子だった。

 何しろ仕事を終えて家に帰ると、玄関は片付いているしリビングには掃除機をかけた形跡があり、洗濯物は取り込んだ上に片付いているし風呂は洗ってあるし、おまけに夕食まで用意されている。簡単なものしか作れないと言うけれど、俺がコンビニで買って帰るよりも明らかに健康的だ。

 そんな具合だから、一応保護者たるべき俺が甥っ子に甘えているような感じですらある。

 これ、逆に心配だ。哲平、子供のうちからこんなにしっかりしてて大丈夫なんだろうか? 少なくとも俺が小学生の頃はもっと何も考えてなくてバカみたいだったし、家の手伝いなんかもほとんどしなかったと思う。

 一応俺から哲平に「なんか悩みとか困ったことがあったら遠慮なく言え」と言ってはみたけど、今のところ「掃除機のコードが戻らなくなった」とか、なんかそんなことしか相談されていない(古い掃除機だからそういうことがあるのだ)。まぁ本人がいいっていうならいいか……という気持ちと、いやいやそこをもう少しなんとかするのが大人ってやつではという気持ちがせめぎ合って、


「姉さん、どうすんの? 哲平」


 とか言って、姉に電話をかけてみたりする。

『哲平ね、まだそっちに置いといて』

「そう言われてもさぁ、学校のことだってあるし……」

『悪いとは思うけど、仕方ないの』

 いやだから、仕方ないって何がだよ。

 姉には、結構しつこく「何があったのか」とか「何で哲平と一緒に住めないんだ」とか問いただしてはみたのだ。でも、埒が明かない。姉さんは頑固なところがある。一度吐いた嘘は突き通すし、一度秘密にすると決めたらテコでも秘密にする。そういうところが昔からあって、今はその特徴に苦労させられている。

(哲平と姉さんと、一緒に住んでる間に何かあったのは確かだと思うんだよな。でなきゃこんなふうに突然俺んとこに連れてこないだろうし)

 でも、並大抵のことでは教えてくれそうにない。

「姉さんさぁ、哲平のためによくないと思うよ。こんなの……」

『だから、色々あったけど言えないの』

 姉は相変わらずの秘密主義で、さっきから実りのある会話はできていない。まぁそれは想定内として、それよりもひとつ、気になることがあった。

「ところで姉さん、そっちに誰かいる?」

 さっきから電話ごしに、ドタドタと走り回るような音が聞こえるのだ。子供の足かな、と思った。大人ならもっとドスドス響くような気がする。

 姉さんの子供は哲平だけだ。なのに、どうしてこんな音がするんだろう? 同じ部屋にいるというよりは、すぐ階上で暴れているという感じだ。

『いないよ』

 姉さんはそう答えた。

「そう? なんかバタバタ音がしてたから、どこかの子供が家の中を走ったりしてるのかなと思って」

『――そんなことないよ』

 姉さんはその一点張りだった。

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