02
俺たちは今、親戚の持ち家に住んでいる。「梅田のおじさん」というのは俺の大叔父にあたる人だが、子供たちの独立後、老後の一人暮らしのためにそれまで住んでいた家を解体し、こじんまりとした平屋の一軒家を新たに建てた――のち、急死したのである。
子供たちは遠方だし、奥さんとは早くに死別しているので、中古とはいえまだまだ築浅の家には住む人間だけがいない。「人が住まないと痛むから」というので、たまたま近くで一人暮らしをしていた俺が住まわせてもらうことになったのだ。3LDK、風呂とトイレはもちろん別だ。以前住んでいた単身者用アパートだったら、こうして甥っ子を引き取ることは難しかったに違いない。
とはいえ、二人暮らしにはかなり不安を感じていた。何しろこの家に初めて足を踏み入れた哲平の第一声ときたら、「ちょっと片付けしていいですか? 廊下とか」だったのだ。俺は素直に「お願いします」と答えた。情けないことこの上ないが、これは片付けが苦手で、ゴミの日を忘れがちな俺が悪いのだ。
俺が自室に引っ込んで仕事関係の急ぎのメールに返信を打っている間、哲平は黙々と共用スペースの片付けをしていた。それから今日まで、暮らし心地は悪くない。それどころかかなり改善された。
「じいちゃんとこで家事とかやってたから」
そう言ったあと黙々と皿を洗う哲平の後姿は、やっぱり姉に似ていると思った。
姉の恵は変わった人だった。表情があまり動かなくて、楽しいのかつまらないのかわからないような表情を浮かべていることが多かった。
でも、悪い人ではなかったと思う。俺にとっては優しい姉だったし、そうでなきゃいきなり息子を預かれと言われて従うわけがない。まぁ、よくわからない人ではあったと思うが。
父の四十九日はあっさりと終わった。ついでに八月も終わりを告げた。
となると困るのは哲平の学校の方である。夏休みが終わって二学期が始まるはずだが、彼が籍を置いているのはまだ姉の家近くの小学校のはずだ。この辺り一体どうなってるんだ? と混乱したが、姉は「もうちょっと様子見してから」と言うばかりだった。
ともあれ哲平は今、小学校に通っていない。籍が云々以前に行きたがらないのだ。
まぁ、それに関して俺は「何も言うまい」と決めている。なにしろ、すごいストレスを感じているに違いない。これまでずっと一緒に暮らしていた祖父が亡くなって、ひさしぶりに会った母親とはすぐ別れることになって、今はロクに顔も合わせたことのない叔父の家にいるのだ。大人だって、これだけ短期間で引っ越しを繰り返せば疲れてしまうだろう。
俺が見たかぎり、哲平も姉に似てあまり表情が動かず、不満があっても自分の中に留めてしまうような子らしい。だから不満や不安がわかりにくいけど、きっと心細いに違いない。このうえ知り合いが一人もいない学校に、無理に登校しろとは言えなかった。
「まぁ、落ち着いたらどこの学校に通うべきか、お母さんと相談しような」
「スミマセン」
「いや、いいよ謝らなくて」
学校に行かないと決めたとき、怖くて、と哲平はこぼした。新しい環境や人間関係が不安なんだろうと俺は思ったのだが、
「階段が怖くて。叔父さんち、二階とかなくてよかったです」
哲平は大真面目な顔をして、そう言ったのだった。
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