叔父さんの家
01
ひさしぶりに袖を通した喪服のジャケットが、俺にはやけに重たく感じられた。
「あのさぁ、九月って秋だと思う? 夏だと思う?」
などと言いながら、我ながら本当にどうでもいい話題だと思った。が、ほかに思いつかなかったので続けた。無言が限界だったのだ。
「俺は秋だと思うんだけど……っていうか秋だと思ってたんだけど、最近それって刷り込みのせいだと思うようになったんだよね。九月って言われるとなんとなく秋っぽく感じちゃうけど、全然実態が伴ってないというか、なんていうかその」
すぐに何を言ったらいいのかわからなくなってくる。仕方ないじゃないか、俺はお笑い芸人やユーチューバーじゃない。面白い話なんか急にできるわけがない。おそらくデリケートな時期の甥っ子相手に何の雑談を振ったらいいのかなんて、わかりゃしないのだ。
「……つまり、まだ暑いってことですよね」
甥はぽつんとそう言った。屋根のないバス停、カンカン照りの太陽の下。襟の立ったワイシャツが目に痛いくらい白かった。
「そう、それ」
最近の小学生ってこんな口をきくのか。自分が子供だった頃より数段大人っぽく感じる。
俺は甥っ子の方をちらりと見た。目線よりも少し低い位置につむじが見える。思ってたより背が高いんだよな、と思った。いつのまにこんなに大きくなっちゃったんだろう。
「おれは夏だと思います」
甥――
おれたちは今、おれの父の四十九日の法要を終え、自宅に帰る途中だった。
姉の
『
愛想のない声で突然そう言われて、俺は相当面食らった。
姉の一人息子である哲平は確かに俺の甥っ子だが、葬儀のときにちょこっと顔を見ただけで、ほとんど話したこともない。感染症の流行と仕事の忙しさにかまけているうちに、帰郷しない年数がどんどん増えていった。だから俺の記憶の中で、哲平はずっと幼稚園児くらいの大きさのままだった。
「ちょっとってどれくらいだよ?」
『わからない。年単位にはならないと思う』
「は!?」
『
「余ってるけど、だからって」
いきなりコンタクトとってくるのはまぁまだ許すけど、いきなりもう何年もロクに話してすらいない甥っ子を預かれというのは酷い。俺にだって色々あるわけで、おいそれと「いいよ」とは言えない。哲平にだって言い分はあるだろう。
「困るよ、急に言われても」
『お願い。父さんが亡くなったから、あの子行くとこがないの』
「行くとこがないって、姉さんと暮らしてんじゃないの?」
電話の向こう、数秒深い沈黙があった。それから『ちょっと一緒に住めなくなった』と姉は続けた。
結局俺は負けた。翌日、甥の哲平は姉の運転する軽自動車に乗って、俺の家にやってきた。
改めて見ると、眉と鼻の形が姉に似てるなと思った。哲平本人と荷物をうちに届けると、姉はさっさと車に乗り込み、怒涛の勢いで走り去っていってしまった。
ボケーっとそれを眺めていると、「急にすみません。よろしくお願いします」と言われた。哲平だった。六十度の角度で俺に頭を下げていた。
「いや、いいよ――こちらこそよろしく」
俺はそう言った。渋々預かることになりました、なんて本人に言えるわけがない。
「その、あれだ。めちゃくちゃひさしぶりじゃん。哲平、俺の存在自体忘れてたんじゃね?」
冗談めかして言うと、哲平は「あっはい、そうですね」と答えた。この率直さは子供らしいなと半分安堵しつつ、半分イラッとした。
ともあれ、俺たちはこうして一緒に暮らし始めた。
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