04
哲平の話から察するかぎり、姉の住まいはアパートではなく、二階建ての一軒家だったはずだ。だから足音は隣近所のものではなく、あくまで姉の家の中で鳴っているものだと思うのだけど、姉は「誰もいない」という。
『電話が混線してるんじゃない?』
「今時あるか? そんな混線なんて」
ドタドタという足音らしき音に紛れて、「キャアッ」という高い声が聞こえた。子供がはしゃいでいるような声だ。やっぱり子供がいるんじゃないかな――と思った。
「やっぱ、子供が暴れてるみたいな音がめちゃくちゃ聞こえるんだけど。姉さんは何も聞こえないのかよ?」
『別に聞こえないけど』
まさか。時々姉の声も聞きとりづらいほど大きな音が鳴っているのに。
「ともかくさ、哲平のことはちゃんとしてよ。今のところはまぁまぁ元気そうにしてるけどさ、このままじゃよくないって絶対」
『仁、あの子がいると困る? 邪魔』
急にそう聞かれてぎょっとした。と同時に辺りを見回す。今は夜で、哲平は風呂に入っている。だから聞かれる心配はなかったのだけれど、それでも「邪魔だよ」なんて1ミリでも聞かれたらいけない言葉だ。実際邪魔じゃないし。
「邪魔じゃないよ。むしろ助かってるくらいだけどさ、それでも俺は叔父だし、親は姉さんなんだから……」
『そうだね。もうちょっと待って』
「もうちょっとって……」
その時、バスルームのドアが開く音がした。俺は姉に尋ねた。
「姉さん、哲平が風呂から出たから、少し待ってれば電話替われると思うけど。どうする?」
『いい。こっちが落ち着くまで電話に出さないで』
すぐにそう返されて、電話を切られてしまった。俺は応答がなくなったスマートフォンを手に、しばらくぼんやりと立っていた。
姉の家がどういう状況になっているのかわからないが、何かまずいことが起きてるんじゃないか――
などということを、電話が切れた後考えた。たとえば姉にこぶ付きの恋人ができて、それで哲平のことが邪魔になって……とか、そういうことが。もしもそうだったらさすがに一言もの申さなければならない。近しい親族は俺しかいないんだから――
などと半ば覚悟を固めながら、脱衣場から出てきた哲平に「どうしてうちに来ることになったのか、知ってることがあったら話してほしい」とかなり真面目なトーンで聞いてみた。これまで彼を傷つける気がして、こういうことをちゃんと聞けずにいたけど、やっぱりこのままではいけないと思った。ところが、
「あー。なんか母の家、お化け出るらしくて」
と肝心の哲平が言ったので、俺は肩透かしを食らったような気分になった。お化けだと?
「お化け? え? 幽霊ってこと?」
「なんかよくわかんないんですけど、危ないからおれは避難しとけってことみたいです」
「お化けが危ないから?」
そんなバカな。
とはいえ、子供の言うことだと一笑に付すには哲平は大きくなりすぎていたし、しっかりしすぎてもいた。真面目な話をしているときに冗談を言う性格とも思えない。
「あの……やっぱ信じられないですよね」
「ああ、うん、まぁ……」
「ぶっちゃけおれも色々わかってないんですけど」
と前置きしつつ哲平が話してくれた内容は、確かに原因不明の怪談という感じではあった。だからと言って納得したわけじゃないが。
「つまり哲平は、お化けに懐かれたから、俺んちに避難してきたってこと?」
「まぁ、そんな感じなのかなと」
「そうなんだ……」
哲平は本当に何も知らないらしく、これ以上問い詰めてもわかることはなさそうだと思った。その一方で、俺にはちょっと気になることがあった。
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