22
ドンドンという音は、その後は一度も聞こえなかった。でも気になって、おれは何度も天井に目を向けてしまった。
「気にしなくていいよ」
母さんが言った。「むしろ気にしない方がいいの。大丈夫、お札代わりのものも貼ったし、しばらくはそれでいいって」
「お札? お札ってあの、あの養生テープ?」
おれが驚いて尋ねると、母さんは「そう」とうなずいた。
あのテープがお札だなんて、全然そんな風には見えなかった。もしも共通点があるとすれば「貼る」ってことくらいだろうか?
「ああ、あとさ、さっき来てた人たちって何? 知り合いの知り合いとかいう……」
「あの人たちがお札を持ってきてくれたの」
「あの人たちが?」
バカみたいにくり返してしまった。うちに養生テープみたいなお札を持ってきてくれたあの二人――結局、全然正体がわからない。
「えーと、お札ってあの、二階にいるお化けのために必要なやつ?」
「そう」
うなずいて、母さんは味がしないはずの炒飯をどんどん食べてしまう。
「あのさぁ、母さん」
おれが言いかけたところで、「ごめん」と言い返されてしまった。顔を上げた母さんは、おれの顔をじっと見たまま「まだ色々話せなくって」と続けた。
「話せない? おれに?」
「そう」
母さんは小さくそう言った。
「話せないって、なんで?」
ためしにそう尋ねてみたけど、それも答えてもらえなかった。
食器は母さんが洗ってくれるというので、おれはとりあえず自分の部屋にもどった。その途中、どうしても階段が目に入る。
気にしない方がいいのかもしれないけど、どうしても二階の方が気になってそっちを見てしまう。見上げた先は相変わらず暗くて、何があるのか、何がいるのかもわからない。
(あいつ、喉かわいてないかな)
ふと、そんなことを考えた。
そんなこと考えない方がいいのかもしれないけど、やっぱり気になるのだ。せめて早く母さんから色々話してもらえるようになったらいいのに、と思った。
(母さんは一体何を知ってるんだろう)
そのとき、視線の奥の闇の中で何かが動いたような気がした。気のせいかもしれないけれど、おれはあわてて目をそらし、自分の部屋に逃げ込んだ。
それからしばらくは、何も起こらなかった。
いや、ちょっとしたことが起こってはいた。たまに頭の上、二階のどこかで足音がすることがある。でも、前みたいにそれが一階に下りてくることはなかった。
母さんは相変わらず二階の話をしない。まるでこの家は平屋で、二階なんかハナから存在しないみたいに振舞っている。だからおれも二階の話はしない。
あのよくわからない二人も訪ねてこない。養生テープは貼りっぱなしだけど、それ以外はだいたい平和だった。
そうやって何もわからないなりに過ごすうちに、八月は中旬にさしかかろうとしていた。
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