21

 母さんはなにかにとりつかれたみたいに、養生テープを貼っている。床だけじゃなく、階段の一段目や壁、とにかく廊下から手が届く範囲にどんどん貼ってしまう。

 おれはなんだか怖くなってきた。母さんがおかしくなったんだったらどうしよう、と思うと不安で、腹の中がぐにゃぐにゃかき回されるような気分だった。

 母さんは時々額の汗を手の甲でぬぐったりしながら、どんどんテープを貼っていく。だんだんだまっているのが限界になってきて、

「母さん、何やってんの?」

 と聞いてみた。

「ごめん、後で」

 母さんはこっちを見もせずに答えた。なんていうか、「今は忙しくて話をしているどころじゃない」みたいな顔だ。しかたがないので「……昼めし作っとこうか?」と言ってみた。

「ごめん。おねがい。ご飯炊いてあるから」

 だったらおれの技術的にも、かかる時間的にも炒飯一択だ。おれは台所に向かい、全然スッキリしないままで炒飯を作り始めた。インスタントのスープがあったのでそれも使わせてもらうことにする。

 作りながら色んなことを考えてしまう。あのテープ、どう考えても二階にいる何かが関係してるよなぁ。ていうかホント、母さんは何をしてるんだろう? それにさっきの二人は何だろう? 強面のでっかい男の人も、白杖の女の子も、母さんとどういう関係なのか予想がつかない。そういえば「知り合いの知り合い」って言ってたっけ? 何でそんな人たちが家を訪ねてきたんだろう。

 台所の窓から庭を見ると、さっきの銀色のミニバンはもうなくなっている。たぶん強面の人が運転していったんだろう。そういえば、隣の市のナンバープレートをつけていた――と思う。もうちょっとよく確認しておけばよかった。

 食事のしたくを終えて廊下に行ってみると、母さんもちょうどテープを貼り終えたところらしい。壁も床も緑のテープまみれになっている。母さんはかなり小さくなったテープを片手に、長いため息をつきながらこっちを見た。

「このテープ、はがしたりしないようにして」

「わかったけど……何? これ」

 おれがテープを指さすと、母さんはちょっと困ったように首をひねってから「応急処置だって」と言った。

 応急処置。何の応急処置なのか全然わからない。とりあえず、階段がこわれたとか床板が割れたとか、そういう感じには全然見えない。

「ご飯できた?」

 母さんが当たり前みたいに聞いてきた。

「あっ、うん……」

「ありがとう。じゃ、食べようか」

 そういう感じで二人で食べた炒飯は、残念ながらあんまりおいしくなかった。色んなことが気になりすぎていたおれが味付けに失敗したせいで、めちゃくちゃな薄味だった。味見を忘れたことを後悔していると、上の方からトトンと音がした。

 首すじがざわっと寒くなった。

 昨日聞いた、階段を下りる音に似ている。

 でも今日は、音は下りてこなかった。しばらくの無音の後、突然ドンドンドンドン! と足を踏み鳴らすような音がして、また静かになった。

 カチャンと音がして我に返った。おれの手からスプーンが落ちて、皿に当たった音だった。

「気にしないで」

 母さんが炒飯を食べながら言った。「おいしいね、これ」

 いや、気にしないのは無理だよ……。

 でもほかにどうしようもないので、おれたちはなるべく平気そうな顔をしながら食事を続けた。まともな味がしてたのはインスタントのスープだけだったはずなのに、母さんは「おいしい」と言って、皿に盛った分を全部食べてくれた。

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