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 書き写した電話番号は、たぶんこの辺の地域のものじゃない。市外局番が違う。前にじいちゃんと住んでいた町ともちがう。どこからかかってきたんだろう?

 とにかく、どんな人がかけてきたのか気になる。まずストレートに、母さんに聞いてみることにした。いっしょに留守電を聞いてたわけだし、別に隠すこともないだろう。夕飯ができたと言われて食卓にいってみると、案の定というかなんというか、ふつうのご飯じゃなくておかゆが出されている。完全に病人あつかいされている……。

 おかゆ、嫌いじゃないけどなんか物足りないんだよなと内心思いつつ、

「さっきの電話、だれからかかってきたの?」

 とたずねてみた。

「母さんの知り合いだよ」

 ものすごくぼやけた答えが返ってきた。電話番号を知ってるんだから、知り合いでほぼ決まっている。全然答えになってない。おれが不満げな顔をしているのに気づいたのだろう、母さんは「どうしてそんなこと聞くの?」と逆にたずねてきた。

「え? うーん。なんか気になるじゃん。留守電変な切れ方してたからさ」

「ああ、そうね。古い機械だから。大丈夫、相手の人にはあとでちゃんと連絡するからね」

 で、話を切り上げられてしまった。なんか「これ以上言いたくない」みたいな無言の圧力も感じてしまう。

 せめてかかってきた地域でもわかればなぁ、と思った。インターネットで検索すればすぐにわかるんだろうけど、あいにくこの家にインターネットに接続できる機械は母さんのスマートフォンしかない。

 その日の母さんはとにかく「何もするな」「早く寝ろ」ばかりだった。おれのことを心配してくれるのはありがたいけど、何もしないのはもうしわけなかったし落ち着かない。でも、おれが「大丈夫だよ」なんて言っても「そういうのは明日聞く」と聞いてくれないのだ。

 もうあきらめて、今夜はさっさと寝ることにした。ゴロゴロしてばかりだったから眠れるかどうか心配だったけど、案外早めに寝つくことができた。

 その夜は夢を見た。なんだかすごく楽しい夢で、でも目覚めたとき何だか悲しい、ふしぎな夢だった。冷たいと思ったら、枕が涙でぬれていた。


 翌日は土曜日だった。母さんは神妙な顔でおれが脇に挟んでいた体温計を確認し(もちろん平熱だった)、おれの「元気だよ」という自己申告を信じてくれた。

「元気だったら、ちょっとお使いを頼みたいんだけど。いい?」

 朝食を食べながら、母さんが言った。初めて頼まれごとをしたので(料理とかはおれが勝手にやってることだし)ちょっと驚いた。

「南に十分くらい行ったところに、市営の図書館があるから、本を返してきてほしいの」

「南に?」

 こないだフラッと出かけた方とは全然別の方角だ。そんな近くに図書館なんてあったのか。なんか、今日までヒマを持て余していたのがバカみたいだ。もっと早く知りたかった……。

「今日が返却期限の本があるんだけど、ちょっと用事があるの。行ってきてくれるとありがたいんだけど」

「いいよ。場所教えて」

 むしろ行けたらうれしい。

 母さんはスマホで図書館の場所を検索して、画面を見せてくれた。同じく市営の音楽ホールとくっついているらしい。地図を覚えるのは得意だし、特徴のある建物だから迷わずたどり着けそうだ。

 朝食の後身じたくをして、さっそく出かけることにした。おれは小学生なので、貸出カードは母さんが一緒の時じゃないと作れないらしい。でも返却だけなら、カウンターに持っていくだけでいい。本を借りることはできないけど、気になる本があったら手にとって、図書館内で読む分には全然可能だ。

(それにパソコンが使えるかも。電話、だれからかかってきたのかわかるかもしれない)

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