15

 トトン、という音は、もう一度続いた。ふすまに耳を当てて音を聞こうとしながら、ものすごく迷った。ふすまを開けて階段を見るか、見ないか。

 正直に言えば、見たい。

 でも、これまでのことを考えると、「きっと見られたくないんだろうな」とも思う。ここでむりやり姿を見たら、嫌われてしまうかもしれない。

 トトン

 もう一度音がした。また少し間を空けてもう一度。気のせいか、少し大きくなった気がする。ちょっと癖のある足音だ。

 あいつ、階段を下りてきてないか?

 そう考えた途端、また音がした。少しペースを上げてトトン、トトン、トトンと続く。そろそろおれが水やジュースを置いたところだろうか? でも、足音はまだ続いている。やっぱり、聞こえ始めたときよりも大きくなっている気がする。

 急に怖くなってきた。一体何が、何のために下りてきているんだろう?

 おれはふすまの取っ手に手をかけたまま、そこから先がどうにもならなかった。なぜかわからないけど、動けなくなった。さっきは開けてみたかったし、二階にいるものにわりと親しみを感じていた。でも、なぜかそういう気持ちがすっかりしぼんでしまって、今は怖い。「ふすまを開けてはいけない」と、頭の中で何かが警告している。

 ふすまの向こうが見たい。何がいるのか確認したい。

 でもそれ以上に見たくない。取り返しのつかないことになる気がする。

 音がぴたり、と止まった。

 ほっと胸をなで下ろした途端、今度は、とん、と音の質が変わった。

 何だろうと不思議に思って、すぐになぜか思いついた。

 階段を下りてきた何かが、一階の廊下に足をつけたのだ。

(こっち下りてくんのかよ……)

 無意識に「一階には来ない」と思い込んでいたのを否定されて、おれは焦った。

 とん、とん

 音は近づいてきて、ふすまの前でぴたりと止まった。

 閉じているふすまのすぐ向こうに、明らかに何かがいる。見えなくてもわかる。

 逃げたくなった。でも動けない。動いたら音がする。絶対にばれてしまう。

「いこ……」

 幼い声が聞こえた。

 絶対答えたらダメだと、直感的に思った。おれがここにいるのはたぶんばれてるんだろうけど、それでも答えるのはよくない気がする。逃げたいけど、この部屋の出入り口はここだけだ。だまってやり過ごすしかない。

 じゃあ、いつまでこうしていればいいんだ?

 トン、とふすまが揺れた。

 何かが向こうから叩いている。

 トン、トン

 少し音が大きくなった。


 そのとき、甲高い電子音が家中に響いた。驚いてうっかりその場でとび上がりかけたのを、必死で我慢した。

 固定電話の着信音だ。だれかが電話をかけてきた。

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