13
もう一度受話器をあげて耳に当て、ムダに通話が終わっていることを確認した。
リダイヤルしようとすると、別の電話番号が表示されてしまう。あの着信自体がなかったことになってしまっているのだろうか? でも確かに電話はかかってきたし、おれはそれに出た。確かに「お水ありがと」と、子供の声で言われた。そもそも、電話の着信音は母さんも聞いていた。夢じゃない。電話は本当にかかってきたんだ。
おれは天井を見上げた。
この板一枚へだてたところに、何かがいる。
翌日はまた平日で、母さんはいつも通り出かけて行った。家に一人になったおれは、さっそくコップに水を汲んで階段の途中に置いてみた。
ワクワクしていた。今回は何かリアクションがあるだろうか? しばらく廊下に座って二階を見ていたが、何も起こらなかったので一旦あきらめた。洗濯物を干したり本を読んだりしてしばらく時間をつぶし、階段の下に戻ってみると、今度はコップの水がなくなっている。
「おっ、やった」
思わず声に出してしまった。
なにせ猛暑だ。洗濯物を干しに出ただけで外がめちゃくちゃ暑いとわかるし、気温は連日最高点を更新し続けているらしい。二階は一階より暑くなりやすいし、エアコンなんてものもないだろう。お化けだって、こんな日には暑くて仕方ないのかもしれない。水の一杯もほしくなるのかもしれない。
だがその夜、電話は鳴らなかった。まぁ毎回お礼を言ってもらわなくてもいいか……と思いつつ、ちょっとさびしい。あと悔しい。なんというか、何かに負けた気がする。
(毎日水だと芸がないよな)
そんなことを考えた。
幽霊って何をあげたら喜ぶんだ? ――そう考えて、思い出した。そういえば、じいちゃんは仏壇に緑茶を供えていた。
緑茶だったら台所にティーバッグがあった。あの辺のものは自由に使ったり食べたりしても大丈夫って母さんが言っていたし、試してみたい。
で、おれは翌日、緑茶を作って階段の途中に置いた。やっぱり見ている間はアクションがない。
まぁ、こんなふうにじろじろ見られながらお茶を飲むのは、お化けじゃなくたってイヤだろうな……しかたないので今日も一旦撤退し、冷蔵庫の中にあったキャベツの残りを勝手に浅漬けにしたりしてから階段に戻った。
お茶は減っていなかった。カップの中で冷めているだけだ。
もう一度ほっといてみたけど、正午になっても全然減らない。ダメかな? ……と首をひねって、ようやく気づいた。
よく考えてみたら、おれに「あつい」とうったえてきたのは小さい子供だ。緑茶は苦手かもしれない。失敗だ。適当に仏壇のマネとかしてみても意味がないのだ。もっとこう、ニーズを考えなければ。
とりあえずカップの中身を水に変え、何かほかのものも試してみたいな、と思った。このときおれはようやく(外に出かけてみよう)と思ったのだ。
引っ越してきたばかりのこの町がどんなところなのか、おれはまだ全然わかっていない。
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