12

 結局その日、おれは母さんに何も言わなかった。食卓を囲みながら「今日何かあった?」と聞かれたとき、ほとんど反射的に「べつに何も」と答えてしまったときは、後ろめたさでドキドキした。

 確かに二階には行っていない。とはいえ関わってしまったことは確かだ。やましい。

 母さんは今日もあんまり表情がなくて、しゃべるときもなんていうか淡々としていて、何を考えているのかよくわからない。今、向かいの席でもくもくと食事をしている母さんは、二階にいる「お化け」の正体を知っているのだろうか? もし知っているのだとすれば、おれに教えてくれないのはなぜだろう。

(調べたらわかるかな)

 そんなことを考える。たとえば、むかしこの家で死んだ子供がいるかどうかとか……そういうのって、古い新聞を探せばいいんだろうか? 図書館で見られるんだっけ?

 ネット検索すれば見つかるかもしれないけど、あいにくこの家にはパソコンもタブレットもない。たぶんWi-Fiもないんじゃないか? ――というのがぱっとわからないくらいには、おれもデジタル的なものに弱い。元々いっしょに住んでいたじいちゃんはそういうものが全然ダメで、新聞とテレビだけが情報源みたいな生活をしていた。おれも小さいころからそういう家で育ったので、パソコンとかタブレットとかネットにつなげるゲーム機とかは学校とか友だちの家でさわるものって感じがする。スマホは母さんが持ってる一台きりだけど、たぶん借りても使えないと思う。なんか壊しそうでこわいし……。

「ねぇ、ちょっと」

 考え事をしていたら、急に母さんに呼ばれた。ぎょっとして肩がはねそうになるのをがまんしながら、なに? と聞き返した。

「なんかあった?」

 すとん、という感じで母さんが言った。「なんか今日、ぼーっとしてるから」

「いや、えっと――なんもないよ」

 そう答えたけど、うそっぽかったかもしれない。バレたかどうか、母さんの顔からは全然わからない。

 でも、思ってる以上に母さんはおれの変化がわかっているみたいだった。そのこと自体はけっこううれしかった。


「ごちそうさま。片付けやるね」

 相変わらず淡々とそう言って、母さんは重ねた食器をシンクに持っていく。二人で並んで食器を洗うには、シンクはちょっと狭い。おれが食事のしたくをある程度することへのお礼らしいけれど、母さんだって働いてるんだし、いいのかなと思う。

 おれって、この家にいてもいいのだろうか。もしも「役に立たない」と思われてたら、けっこう辛い。

 でもこういうことを面と向かってきくと、大体大人は「そんなことないよ」とか言うからな……とかなんとか、居間でゴロゴロしながら考えてたら、固定電話が鳴った。

「ごめん、出てもらっていい?」

 母さんがびしょびしょの手をちょっと振ってみせた。

「わかった」

 固定電話は居間の隅にある。ディスプレイを見たけど、日付や時刻の下にはなにも表示されていなかった。

 ふと画面の時刻に目がとまった。夏で日が長いといっても、もうとっくに夜だ。こんな時間に電話がかかってくるなんてめずらしい。

 もしかするといたずらかな、なんて思いながら、おれは受話器をとった。

「もしもし」

『お水ありがと』

 受話器の向こうで、小さな子供らしいたどたどしい声が聞こえた。

 あわててなにか言い返そうとした瞬間、電話は切れた。受話器を持ったまま立ち尽くしていると、台所から「代わろうか? 誰から?」という母さんの声がした。

「――えっと、まちがい電話みたい。もう切れたよ」

 おれがそう言う間に手をふきながらやってきた母さんが、「何か言ってた?」とおれにたずねた。

「何も言ってなかった」

 おれはとっさにそう答えた。

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