10

 朝日がのぼるころにようやく眠ることができた。起きたら昼の十一時ちかく、もう母さんは出かけていて、おれはあくびをかみ殺しながら食パンを焼き、朝飯だか昼飯だかわからない食事をすませた。頭がぼんやりした。

 長い夜だった。「お化けなんて本当にいるんだろうか」なんて考え始めたら、どうしても寝付けなくなってしまったのだ。「家の中にお化けが出るんだよ」って言われて眠れなくなるなんて、小さい子みたいではずかしいけど、でもこんなこと、大人だって気になってしまうのがふつうじゃないかなとも思う。

 とにかく変な時間に起きたり眠ったりしていたせいで、頭の中にモヤが立ち込めているみたいな気分だった。居間のエアコンのスイッチを入れ、あくびをかみ殺しながらとりあえずテレビも点けた。エアコンはどんどん使えと母さんに言われている。室内でも熱中症になることは多いらしいし、うっかりまずい状態になって母さんに迷惑をかけたくない。

 テレビは何か見たかったわけじゃなく、単に家の中に音が欲しいだけだった。静かな家の中、ひとりぼっちでじっとしていると、どうやったってあの二階のことを思い出してしまう。「気にしない」なんて、無理だ。おまけに子供だけじゃなくて大人も――もしかすると、もっとたくさんいるのかもしれないとなれば、余計に。

 せんたくをして掃除機をかけ、時計を見ると正午過ぎ。まだまだ母さんは帰ってこない。やることがたくさんあるわけでもないし、ヒマだ。気がつくと廊下で耳をすませていたりとか、とにかく二階のことばっかりになってしまう。

(出かけようかな)

 そんなことを考えた。別に行くアテがあるわけじゃないし、この暑いなかわざわざ家を出てさんぽなんて、それこそ具合がわるくなってしまいそうだけど。

(でも、ずっとこの家の中にいるよりはいいかもしれない)

 そんなことを考えながら自分の部屋を出て、ふいっと横を見ればもうそこに階段がある。そうなるとついついその奥を見てしまう。

 二階は暗い。昨日みたいに子供の足が見えたりもしない。

 何もなくてよかった、とため息をつきかけたとき、

「あついっ」

 という声がした。

 階段の上から、ぽんと降ってくるみたいだった。男か女かはわからないけど、子供の声だ。

「――だれかいる?」

 階段の下から呼びかけてみたが、返事はない。

 でも、確かに聞こえた。と思う。

 ふしぎなほど「怖い」という感じはしなかった。むしろ二階に何がいるのか知りたい、という気持ちがわき上がるのをこらえながら、おれはもう一度階段の下でよびかけた。

 やっぱり返事はない。

 でもさっきは「あつい」と言われた――と思う。やっぱり「暑い」とか、「熱い」あたりだろうか? だとしたら……そんなことを考えながら、おれはキッチンに向かった。コップをひとつ取り出して水を注ぎ、階段にもどる。

 廊下に両足をついたまま、手が届くギリギリの高さの段にコップを置いた。

「暑いなら水、いる…?」

 二階に向かっておずおずと声をかけると、暗がりの中から、ふふっというくすぐったそうな笑い声が返ってきた。

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