09

 反射的に考えた。これ、正直に「見た」って答えていいんだろうか? と。

 何しろ二階は「絶対に行くな」と言われていた場所だ。その二階をじろじろ見てたってことは、母さんにとってイヤなことなんじゃないだろうか。

 言葉がのどの奥でつっかえたままちょっと前を見ると、母さんはおれをじっと見つめ返していた。それが怒ってるのか喜んでるのか悲しんでるのか全然わからない表情で、おれはちょっとだけ二階のことから考えがとんで、こんなことでいいのかな、と思う。たった二人きりの家族なのに、母さんのこと、こんなにわからないことだらけで本当にいいのかな、と。

「二階に行ってはいないんでしょ。ただ見てたくらいで怒ったりはしないから」

 母さんにそう言われて我に返った。まるで心を読まれたみたいだった。ようやく声が出せた。

「……なんか、人の足みたいなの見た」

 そう答えると(なんか「答える」というより「白状する」って感じだった)、母さんはよくわからない表情のまま「そう」と言った。それから続けて、「男の人の足だった?」と聞いてきた。

「――ううん、子供のだと思った」

 そう答えはしたけど、改めて聞かれるとちょっと自信がなくなってくる。自分よりは相当小さいと思ったし、つるつるしてそうにも見えたから、多分、小さい子供だと思う……そんなことをぶつぶつと付け加えた。母さんはまた「そう」と言って小さくうなずいた。

「あの、二階ってだれか住んでるの……?」

「住んでないよ」母さんは即答する。それどころか素知らぬ顔で「二階、おばけが出るの」と付け加えた。

「おばけ?」

「そう。お化け」

 母さんは静かに答えて、おれが作ったいいかげんなスープを飲んだ。

「おいしいね、これ」

 急に話を変えられて正直不満だったけど、むりに「お化け」の話をしたくないので乗っかることにした。ほめられたのは素直にうれしかったし。

「そうかな。すごい適当だけど」

「おいしいよ。センスあると思う」

 母さんはスープの器をながめながら、「父さんに似たのね」とつけ加えた。


 片付けは母さんがやってくれると言うから、先に風呂に入ってしまうことにした。

 風呂あがりに洗面所から出ると、また母さんの部屋のふすまが開いているのが見えた。

(母さんもやっぱり二階が気になるんだ)

 おれはそう思った。それはまぁ、そうだろう。気にならない方がどうかしてる。同じ家の中なのに、「絶対に入っちゃいけない」だなんて。そのうえ「お化けが出る」だなんて。

 おれが足音をたてて廊下を歩くと、母さんの部屋のふすまはピシャッと閉まった。


 その夜はよく眠れなかった。

 子供じみた「お化け」という言葉が、予想外におれを不安定にしたらしかった。

 真夜中になったら、二階にいるお化けが階段を下りてきて一階をうろうろする――なんてことがないだろうか。

 そんなことを考えながら、おれは布団の中で何度も寝返りをうった。

(そういえば足の話をしたとき、母さんはどうして「男の人の足だった?」と聞いたんだろう)

 あんな聞き方をしたってことは、もしかして母さんも、二階で何か見たことがあるのだろうか。

(だとしたら、二階には子供だけじゃなくて、大人もいるってこと?)


 そんなことを考えてしまって、ますます眠れなくなった。

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