08
その日は母さんが帰ってくるまで落ちつかなかった。時間が経つのがものすごく遅いような気がした。でも気づいたらけっこう時がたっていて、米とかとっくに炊かなきゃならない時間になってるのに、何もやってないことに気づいた。
この間おれがどうしていたかといえば、階段の下から二階を見上げているか、部屋に引っ込んで二階のことを考えないようにしているかのどっちかだった。時計を見て我に返ったおれは、あわてて台所に向かった。メシ作るから台所使わせてっておれから言い出したのに、始めて一週間も経たないうちに丸々すっぽかすなんてあまりにダサい。あわてて炊飯器に米をセットし、顆粒だしと玉ねぎですごく適当なスープを作って、もう少し何かないものかと思って首をひねっていたら、そこで母さんが帰ってきた。
「つかれたから惣菜買ってきたの」
という。結局あれこれ作らなくてちょうどよかったわけだ。
母さんは炊飯器とコンロのナベを見て、「ありがとう」と言った。それから「こんなことまでやらなくていいのに」とつぶやいた。
「こんなって?」
「ご飯炊いて、スープまで作ってくれてる。洗濯ものだって片付けてくれたんでしょ」
「そんな大したことしてないし、母さんは働いてるから」
「共働きの家の子だって、家事なんかしないで遊んでる子はいっぱいいるでしょ。私だって子どものころは、料理なんかめったにしなかったし」
母さんが何を言いたいのか、おれにはよくわからなかった。なんていうか、のどに何かがキューッと詰まるようなおかしな気分になった。何も言い返せないでいると、母さんは小さな声で「ごめんね」と言った。それからスーパーのロゴが入った袋をテーブルの上に置き、「ちょっとたばこ」と言って部屋から出ていった。
その後母さんはすぐに戻ってきたし、二人で夕飯を食べたけど、なんとなく気まずくて、おれは二階のことを聞きそびれてしまった。大事なことなんだから気まずいとか何とか言ってないでちゃんと聞かないと、と思っている自分もいるんだけど、言葉がのどの奥につっかえて出てこなかった。
夕飯の間中、おれはそういうことをグズグズ考えながら、二階のことを気にしていた。なにか音が聞こえるかもしれないとか、ひょっとすると、二階にいた子がうっかりこっちに降りてこないだろうかとか、チラチラ様子を見ながら飯を食っていた。そして、母さんは二階のことが気にならないのだろうか、と考えた。
顔を上げると、母さんと目が合った。
「ねぇ、もしかして何か見た?」
母さんが言った。
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