07
部屋の中で何度か深呼吸をしているうちに、少しずつ落ちついてきた。自分のほっぺたを何度かたたいてみて、とりあえず夢じゃないということを確認した。
もう一度深呼吸。さっきはおどろいたせいで、変な考えが浮かんだだけだと思う。幽霊が二階にいるから立入禁止って、そんな話あるわけがない。
そもそも、幽霊なんかいるわけがない。少なくともおれは、幽霊とか妖怪みたいなものを一度も見たことがない。じいちゃんと住んでいた家はこの家よりももっと古くて広くて、電気を点けても暗いところがいくつもあった。でも、幽霊を見たり、声や足音を聞いたなんてことは、一度もなかったのだ。まぁだからといって「幽霊はいない」っていう証明には必ずしもならないだろうけど――とにかく幽霊ってものの存在自体から疑うべきだ。
でも、それはそれで困る。一体だれが二階にいるんだ? という話になってしまう。
母さんに電話をかけてみようかな、と思った。固定電話の上に、母さんのスマホと会社の電話番号を書いたメモがはってある。だからあの番号にかけてみようか――そう考えたけれど、やっぱりかけにくい。母さんは仕事をしている最中なのに、「二階にだれかいるかもしれない」というだけの理由で電話なんかしたら、ウザがられるかもしれない。
じいちゃんも父さんもいなくなったおれにとって、母さんは最後の家族だ。親戚が全然いなくなったわけじゃないけど、たとえばほとんど会ったことがない母さんの弟なんてほぼ他人だ。おれが家族と呼べるのは母さん一人と言っていい。
その家族にきらわれたら、おれがいてもいい場所なんかどこにもなくなってしまう。そう考えると足元がグラグラするような、すごくいやな気分になった。
とにかく、もうちょっと階段の上の方を確認した方がいいんじゃないだろうか?
おれはふすまを開けて廊下に出ると、おそるおそる階段を見上げた。何か怖いものがいたらどうしようと思ってどきどきしたけれど、見上げた先はまっくらで、何も見えなかった。さっきの足もいないらしい。
さて、どうしよう。
腕組みをして考えながら、おれはもう一度深呼吸をした。それから思い切って「おーい!」と階段の上にむかって呼びかけてみた。
「だれか二階にいますかー!? おーい!」
家の中におれの声がひびいた。
返事はなかった。なぜかほっとした。でも同時にがっかりもしていた。これじゃ何もわからないままだ。
なやんだ挙句、おれはスニーカーをはくと家から飛び出した。外から二階を確認しようと思ったのだ。熱気がむわっと押し寄せ、早くも汗がひとすじ、こめかみのあたりからタラリと垂れてきた。
おれは家の周りをぐるっと走りながら二階を確認した。どの窓もカーテンがかかったままで、中は見えない。サッシにカギがかかっているかどうかまではわからない。二階に直接入れる階段が突然出現していた――ということはもちろんなく、おれはムダ足をふんでから家に戻った。
がっかりだ。何もわからなかった――スニーカーを脱いでいるとき、パタパタッという音が聞こえたような気がした。
家鳴りじゃない、と思った。子供の足音みたいだった。おれはまた急いで階段の方に向かった。
「だれかいる?」
もう一度、なるべく優しく聞こえるように呼びかけてみた。
やっぱり返事はなかった。
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