06
あれは子供の足だ、と思った。小学生なら一年生とか、もしかするともっと年下かもしれない。小さくて、暗がりの中に浮かんで見えたくらい白かった。
ぎょっとして何秒か立ちすくみ、そのあと我に返ったおれは、あわてて階段を一、二段上った。入ってはいけない場所に入ってる子がいるなら、声をかけて出ていってもらわなきゃ――とっさにそう思ったのだ。でもその一、二段の間に大事なことを思い出して、なんとかその場に踏みとどまった。
(二階には絶対行かないで)
母さんの声が頭の中でぐるぐる回った。
いや、でも二階には行かないとして、だったらおれはどうすべきなんだ?
ともかく落ち着こう。さっきの子は、勝手に二階に入り込んだわけじゃないのかもしれない。もしかすると、「二階を借りている人」の子どもじゃないだろうか?
母さんが言っていたとおり、二階はだれか別の人が借りているのだろう。その人の子供が今家にいて、おれに見られたからどこかに逃げた。足音がしないから、今はどこか見えないところに隠れているのかもしれないけど――
いや、やっぱりそれも変か。
おれは階段を後ずさりして、一階の廊下に戻った。なまぬるい板の間に足のうらがつくと、なぜかほっとした。
二階にひとが住んでいるとは思えない。この家を外から見たかんじでは、二階に直接入る入り口はないのだ。もしも二階に住んでいる人がこの家の外に出ようと思ったら、この階段を下りて一階を通り玄関から出るか、二階の窓から飛びおりるしかない。そんなところをわざわざ借りて住む人がいるだろうか? それにもう何日かこの家で暮らしているけど、二階から人が生活してる音を聞いたことがない。いや、ミシッとかギシッとかいう音は聞いたけど、あれは家鳴りだろう。二階とこことの間には何の仕切りもないんだし、足音とか人の話し声とか、トイレを使ったときの水音とか、ドアを開け閉めする音とか、もっと色々聞こえていいはずだ。
おれは階段の上を見上げた。もう足は見えない。足音も、物音も聞こえない。さっき足だと思った白いものは、おれの見間違いじゃないだろうか? 確かに白い足が見えたと思ったけど、それは別のものだったのかもしれない。動いていたのは確かだと思うから、動物だろうか? 仔猫? それとも大きなネズミ?
なんだか、どれもちがう気がした。やっぱり、よその子が勝手に入り込んでしまったのだろうか?
(なんか気持ち悪いな……どうしよう)
母さんの部屋のふすまを閉めながら、もう一度耳を澄ましてみた。やっぱりなんの音もしなかった。
あんな小さい子が、まっくらな場所で明かりも点けず、声も出さずにじっとしているだろうか? いくらなんでも変じゃないか。
急に寒気がして、おれは自分の部屋に逃げ込んだ。心臓がどきどきする。
おかしなことを思いついてしまった。
あれは幽霊なんじゃないかって。
二階には幽霊が出るから、だから行っちゃいけないんじゃないかなんて、そんなことを考えてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます