05

 八月に入ってすぐのころ、おれは思い切って母さんに、あることを確認した。

「昼間とか、母さんがいないときに台所使ってもいい?」

 いきなりそんなことを聞かれて、母さんはおどろいたらしい。おれの顔をじっと見つめると、少しして「どうして?」と言った。

「すげーヒマだから。どうせなら食事の支度とかしといた方がいいかなって」

「助かるけど、いいの?」

「うん。じいちゃんのとこでもけっこうやってた」

 そんなことを言いながら、おれは心の中でほっとしていた。母さんにいやがられたり、断られたりしたらどうしようかと思っていたのだ。何年も会ってなかったおれなんか、母さんにとっては他人みたいなものかもしれない。そういうやつに、家の中をあちこち触られるのは、母さんはいやかもしれない。でも、そんなことはなさそうだったので安心した。

 だれかにこんな話をしたら、親子なのに水くさい、とか言われてしまうのかもしれない。でもしかたないと思う。ずっと離れて暮らしてた母さんはやっぱりよその人みたいで、おれたちは親子ふたりで暮らしてるっていうより、ルームシェアしてる他人みたいなところが、かなりある。


 ともかくこういう話をしたとき、ついでにそうじとか洗濯物の片付けとかもやるよ、ということになった。で、おれはときどき母さんの部屋に入ることになった。

 とはいってもあちこちいじったりはしない。洗濯物を部屋に置いたり、ちょっと掃除機をかけたりするだけだ。母さんは自分の部屋にもあんまりものを置かない。本当に生活に必要なものしかないみたいに見えて、おれはなんだか心配になった。おれがいなかったころ、母さんは何をして過ごしていたのだろう? この家で、ひとりぼっちで、何をしていたのだろうか?

 そんなことを考えながら、その日も午後二時ごろ、洗濯物を持って母さんの部屋に行った。

 ふすまを開けて服を畳の上に置き、ついでに部屋の中を見回した。今日は掃除機をかけなくてもよさそうだ。布団はたたんで部屋の角によせられていて、ちらかるほどのものはない。ふり返って廊下に戻ろうとしたそのとき、目のはしでなにかが動いたような気がした。

 おれは辺りを見回した。何が動いて見えたのか、すぐにわかった。ほとんど正面、目の前に伸びている二階に続く階段の先だ。暗がりの中にぽつんと白いものがあった。

 人間の足だった。それはおれに見られたことを悟ったように、パタパタと走ってすぐ暗がりの中に消えた。

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