04
その夜、ひさしぶりに母さんの手料理を食べた。ひさしぶりっていうか、もしかしたら離乳食以来。
「大したもの作れないけど」
と言いながら出してくれた肉野菜いためとかみそ汁とか、予想してたよりもぜんぜんまともにうまくて正直おどろいた。料理が作れるのに、どうして母さんはこんなにやせて元気がないように見えるんだろうと思ったけど、そういうことは面と向かって聞いちゃいけないと思ってだまっていた。
おれがもっと小さくて、父さんがまだ生きていたころ、おれは毎日母さんの作ったものを食べていたはずだ。そう思って食べるとなつかしい気がした。でも、あんまり覚えていなくて悪いなとも思った。食事の途中で顔を上げると、おれの顔を見つめていた母さんと目が合った。なんだかよくないことをしてしまったような気がして、あわてて目を伏せた。
「ねぇ、今六年生だっけ」
急に母さんがそう言った。おれは「うん」と答えた。
「早いね」
そう言った母さんの声が、なんだかたばこの煙みたいに、しばらくその辺でふわふわしていた。
モヤモヤした。あの「早いね」に、母さんと会わなかった何年かの時間がつまっているような気がしたし、そんな風に思われるほどほっとかれたってことなんだよなぁ、という気もする――そんなことを考えながら頭を洗った。
風呂からあがって自分の部屋に帰るとちゅう、母さんの部屋のふすまが開いているのが見えた。おれが近づくとスッと閉まって、ああ母さんが中にいるんだなと思った。
真正面とはちょっとずれるけど、母さんの部屋の前には階段がある。その前を通りすぎるとき、おれはつい気になって二階の方を見てしまった。
まっくらだ。何も見えるわけがない。でも、そのまっくらの中に何かがいて、こっちを見返しているような気がした。あわてて目をそらすと、おれは自分の部屋にもどった。
その夜、つかれているはずなのになかなか眠れなかった。ふとんの中で何度も寝返りを打ちながら、じいちゃんの家のことを思い出したりしていた。
上の方でミシッとかギシッという音が聞こえた。たぶん家鳴りだろう。
引っ越しといっしょに転校もしたわけだけど、あいにく夏休み中なので新しい学校にはまだ通えていない。じいちゃんの家から通っていたところよりも新しくて、生徒数も多いらしい。勉強が遅れているということはないと思う。楽しみかどうかはよくわからない。どっちかといえば不安な気持ちだ。
でも正直、新しい学校のことはまだあんまり気にならない。
それよりも二階だ。
夏休みはとにかくヒマだった。いっしょに遊ぶ友だちはいないし、出かけるところもない。めちゃくちゃ暑いから外で過ごすわけにもいかなくって、しかたなく家にいた。
母さんは平日、朝の八時くらいに仕事に行く。
「のんびりしてていいよ。でも二階には絶対行かないで」
わざわざそう言ってから、玄関を開け、外に出ていってしまう。
それから後、夕方六時すぎに帰ってくるまではずっと家に一人だ。一人で過ごすのはきらいじゃないけど、問題は二階だった。
あそこまで「絶対行くな」と言われると、逆に気になって気になってしょうがない。
母さんの言うとおり、他の人が二階を借りているんだったら、色々荷物とか置いてあるのかもしれないし、中には他人に見られたくないものもあるかもしれない。だったら入らないに越したことはない。うっかりひとのものを壊したりしたら大変だ。
そもそも、こういう約束ってやぶったらろくなことにならない――というのはもう、どう考えたってお決まりのパターンだ。だからおれは二階に行かない。少なくともまだ行っていない。がまんしている。
でもアパートやマンションでもない一軒家なのに、自分の頭の上がどうなっているのかわからないのって、あんまり気分がいいものじゃない。おまけに平日の昼間はだれにも見られていないし、階段にはドアもカギもついていない。こっそり見に行けないわけじゃない。
このままずっとがまんできるか、おれはちょっと自信がない。
そんな矢先のことだった。
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