03

 居間や、ちらっと見えた母さんの部屋には畳がしかれていたけど、おれの部屋の床は板張りだった。だから元々物置とかそんな部屋だったじゃないかなと思ったけど、それは別によかった。それよりも、部屋を出てトイレや洗面所に行こうとすると、絶対あの階段が目に入ってしまうのがいやだった。

 二階に続く階段は、途中で曲がったりせずまっすぐ上に伸びている。母さんは「見ないで」と言ったけど、どうしたって気になってしまう。

 よく考えてみたら変な話だ。母さんは「別の人が貸りてるから」と言っていたけど、ああやって実物を見てしまうと、すごくおかしい気がする。間に階段があるとは言っても、あんなふうに仕切りも何もないところを別々の人に貸すって、ふつうありえないんじゃないか? そういうことを考えだすと、頭の中がぐるぐるしてきた。

 それにどんな理由があるにせよ、「どうなっているのか全然わからない場所」がすぐそこにあるというのが落ちつかない。あの二階を一度でも全部見て回ることができたら、こんな気持ちにはならないのかもしれないけど、母さんが「絶対行かないで」っていうんだからそんなことはできないんだろう。

 落ちつかない。「わからない」っていやなものだ。

 なんだか、あの暗がりの奥から何かがひょっこり出てきそうな気がする。その何かをうっかり見てしまったら――ああ、いやだな。この家に住んでいたくなくなってしまうかもしれない。

 とはいえ母さんがここに住んでるかぎり、おれもこれから何年かはここに住まなきゃならないのだ。母さんに文句なんか言えない。一応親だから、引き取って育ててくれるのは当たり前のことなのかもしれないけど、それにしたってわがままなんか言えない。

 そこまで母さんとおれは親しくない。なんとなく「このひとと親子なんだろうな」と思うことはあるけど、それだけだ。


 母さんは昔はあんな感じじゃなかったらしい。もっと明るくて、もう少し太っていて、でもおれの父さんが死んでしまってから、いっぺんに変わってしまったらしい。

 母さんはそのときすごく悲しんで、そのときやってた仕事もやめてしまったし、まだ小さかったおれの世話もほとんどできなくなってしまったらしい。一日中家にいて、父さんの写真を見ながら泣いていたらしい。

 らしい、らしいというのは、おれはそのころのことを覚えていないからだ。父さんの記憶もない。とにかく母さんとふたりぼっちでは暮らせないということになって、おれはじいちゃんに引き取られた。

 今、母さんはどこかで働いているし、家事もできているみたいだから、父さんが死んですぐのころよりはかなり元気になったんだと思う。

 でも実際ひさしぶりに会ってみると完璧に元気ってわけじゃなさそうだし、おれもそのへん考えていっしょに住んだ方がいいだろう。こういうことを言うと「子供っぽくない」って言われるけど。

 とにかく、あの二階のことで文句を言ってなんかいられないってことだ。

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