02

 母さんの車はもう十年くらい乗ってそうな見た目の小さい軽自動車で、乗り込むとやっぱりたばこのにおいがした。Tシャツはヨレて色が薄くなってるし、履いてるスニーカーもかかとがぺったんこだ。じいちゃんは母さんのことを「ふつうの会社でふつうに働いてる」って言ってたけど、とにかく金持ちじゃなさそうだなと思った。別にがっかりしたわけじゃなく、単なる確認のつもりだった。おれも早くアルバイトとかできるようになればいいのにと思った。

 だから母さんの家についたときは、正直おどろいた。新しくはないけど、思っていたよりでかい。二階が使えなくたって、ふたり暮らしには十分な大きさだ。庭までついている。赤ん坊のおれはこの家に住んでいたはずなんだよな――でも、やっぱり思い出せなかった。

 母さんは庭先に車をとめた。カーポートみたいなものはなかった。

「さっきも言ったけど、二階には絶対行かないで」

 降りる直前、母さんはもう一度言った。ほとんどにらみつけてるみたいな顔でおれを見ていた。おれは「わかった」と答えた。

「なんで二階はだめなの?」

「何ででも……」母さんはそう言いかけて、いったんおれの方を見た。そして「二階は別のひとが借りてるの」と続けた。

 おれはもう一度「わかった」とくり返した。なるほど、「一階だけ使ってもいい」という約束で、広い家を安く借りているのかもしれない――と考えてはみたけど、なんとなくストンとこなかった。何となくだけど、母さんがうそをついているような気がした。

 まぁいいや、とにかく二階はだめなのだ。これからは母さんと協力しあっていかなきゃならないわけで、母さんがやめろって言うことをあえてやってもしょうがない。

 おれは庭先から家の二階を見上げた。窓にはしっかりとカーテンがかかっていて、中は全然わからなかった。


 ものの少ない家だな、と思った。じいちゃん家よりずっと少ない。じいちゃんの家には本が何冊もあったし、昔やってたっていう銃剣道の木銃が大事そうにとっておいてあったりして、なんだかんだ色々ものがあったのだ。でも母さんの家にはほんとに生活に必要なものだけがあるって感じで、母さんはこの家でどんなふうに過ごしているんだろう、とおれは不思議に思った。

 玄関を入ると廊下があって、すぐ左に台所、右には居間があるらしい。

「奥の部屋、適当に使って」

 母さんは家の奥におれを案内してくれた。居間の奥にもう一間、そのまた奥にある部屋がおれの部屋だった。そこにたどりつく途中、廊下の中ほどに、二階に続く階段があった。

 前を通るとき、おれは階段の上の方を見た。窓が閉まっているからまっくらで、どうなっているのか全然わからない。

「二階の方、見ないで」

 母さんが言った。

 何も見えないのにどうしてだめなんだろうと思ったけど、けんかになったりしたらめんどくさいので、なにも言い返さないことにした。大人っぽいって言われることもあるけど、おれはまだ子供だ。なるべく早く家を出るにせよ、どうしたってあと何年かはここで暮らさなきゃならないのだ。使えない二階のために、けんかなんかしていられない。

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