第9話 怪物
西園寺が手を離すと、俺は呆然と彼女を見た。西園寺は鋭い目つきをしていた。
「あの」
俺が言うと、彼女は俺の前から一歩二歩と離れていった。彼女の目から邪心が伺え、俺は軽く失望した。
「ダンジョンに入ったあとは、モンスターの退治をお願いしてもいいですか?」
気付いたら女が声をかけてきた。俺は頷いた。集団と共にダンジョンに入っていくと、ボスの部屋の前で止まった。遠目に西園寺が部屋に入っていくのが見えた。俺は待つつもりだったが、帽子の男が側にやってきた。
「新川さんもよろしいですか?」
「あ、いいですよ」
俺は西園寺に続いてボス部屋に入った。ボス部屋に入ると平野が続いていた。ボスの中では弱いモンスターを倒すようで、俺の出番はまずないと判断した。西園寺は一人で平野の真ん中に突っ走る。その後にカメラを構えた男が続いた。
俺の後ろに帽子の男がいるのを確認する。
「新川さんに見ててくださいというのはおこがましい話ですが、彼女の戦っている姿を見てもらいたくて」
「別に構いませんが」
俺のほうが実力が上なのは当たり前だと思っていたが、西園寺の前に現れたボス相手に、彼女は剣先を見せることなく倒してしまった。鞘から剣を抜いた瞬間に倒したのか。古武道でも習ったのだろうか。
「すごい」
帽子の男はそう言って音が出ないように手を合わせて拍手をした。
「新川さんもできますか?」
「さあ、私はやったことないので」
「新川さんもできないとなると、焦りを感じますか?」
これは煽られているのだろうか。カメラを前にして西園寺は話しかけていた。男が隣に立ち、彼女に話題を振っているように見えた。遠くから見たので、何を話しているのかはわからない。若いアシスタントが側によってくると、俺は西園寺の側に立つように言われた。カンペには、西園寺の斜め後ろに立つように書かれていた。
「新川さんの登場です。皆さん驚くと思いますが、新川さんは今話題の、例のあの人なわけです」
カンペにはここで動画を流すと書かれていた。
「この動画の主様が新川さんなのです。新川さん、西園寺さんに言いたいことはありますか?」
「さっきの、剣捌きは誰かに習ったのですか?」
「居合の達人の方に習いましたね。新川さんもできますよ」
「新川さんも見せていただけますか?」
帽子の男はカンペを出していた。剣捌きを見せてください、と書かれていた。
「では」
俺はアイテムボックスから剣を取り出した。剣があらわになるとおお、と感嘆する声が聞こえてきた。
鞘から抜く瞬間に剣を振ると、空刃が離れたところにある岩を切り裂いた。歓声が上がった。
後ろを向いて西園寺の顔を見た。彼女は視線をそらし、嫌な顔をした。彼女の側に戻ると、男に話を振られた。
「すごいですね。お二人が簡単にやってのけるので、誰でもできるみたいな印象を受けました」
「自分はけっこう練習したので」
俺は嘘をついて西園寺に気を遣った。
「どれくらい修行をしたんですか?」
男が聞いてきた。俺は黙り込んだ。
「二、三日ですかね」
今さっき振っただけでできたが、二、三日あればできるようになるだろう。
「二、三日ってすごいですね。西園寺さんはどれくらい修行をしましたか?」
男は西園寺の目を見る。あ、と声をあげて申し訳無さそうな顔をした。彼女は少し俯いているのだ。カンペには、何も書かれていなかった。
「西園寺さんは努力家なので」
俺はフォローをしたつもりだった。彼女は後ろを向き、鋭い目つきで見てきた。
「あはは、やっぱり、新川さんはすごいですね」
西園寺はそう言って前を向いた。後ろから見た彼女の体は微かに揺れていた。
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