第8話 西園寺
3日後に、一階の郵便受けに新聞が投函されていた。俺の記事は2面に掲載されていて、大きな見出しと共に写真があった。写真映りは悪くはない。村沢から電話が掛かって来るとおもったが、あいつからは何も反応はなかった。自分のことを調べることをエゴサーチというが、名前を検索するのは勇気のいるものだった。スマートフォンをしまい、俺は街に出てみることにした。電車に乗り、周囲の様子をうかがうが、まさか話題の男が乗っているとは思わないはずだ。都心に向かう電車の中では人々はスマホを操作して、俺に見向きもしなかった。新聞に載ったくらいでは有名にならないのだろうか。
都心の駅で降りるとスクランブル交差点の前に立つ。見向きもされず、有名になっても周りの反応はこんなものかと思った。タクシーを拾うと、都内にあるダンジョンを目指すことにした。ダンジョンの前に人集りができていて、俺は離れたところで降ろしてもらった。
人混みをかきわけて様子をうかがおうとすると、黒服の男に止められた。坊主頭で、サングラスを付けていた。日に焼けていて、身長が高いため威圧感は人一倍にあった。黒服の男は大きな手を俺の肩の置くと、重量感があった。
「申し訳ありませんが、本日は撮影のためにダンジョンの使用を控えていただけませんか」
黒服は丁寧に断りを入れてきた。
「撮影ですか」
黒服は肩から手を除けて頭を下げてきた。
「集まっている人は、見学ですか?」
「いえ、そうではありません」
「エキストラか何かですか?」
「まあ」
黒服の男は言葉を濁し、俺は申し訳なくなって男に従った。群衆の中から抜け、撮影が終わるまで外で待つつもりでいた。縁石に腰掛けて眺めていると、黒服がもう一度やってきた。ちょうどその時、女が目の前を通り過ぎていくのだ。
西園寺だった。スラッとした身体をしていて、八等身はあるんじゃないかというくらい頭が小さく見えた。俺が西園寺に見とれていると、黒服は西園寺と俺の間に入り、彼女を守るように立ち塞がった。西園寺は俺の顔を見ると、目を見開いて、驚きの表情を作った。呆然と立ち、俺を見下ろしていた。黒服は彼女を見ると、脇に退いた。黒服の男は頭を下げると、手を腹の前で交差させて待機する。
西園寺の隣に別の男が立つ。帽子を被ったブランド物を身に着けた男だった。身なりは高価で、俺の知る限り、上下で数百万はした。
「知り合いですか?」
「失礼しました」
西園寺はそう言って男と一緒に歩き出した。彼女を避けるように人が動くと西園寺は集団の中に消えていった。
黒服の男が前に立ち、頭を下げた。
「失礼でなければお名前を伺いしてもよろしいでしょうか?」
「新川哲也といいます」
黒服の男は頭をかく。
「西園寺さんのお知り合いの方でしたか」
「ええ、まあ、いろいろとお世話になっております」
「失礼致しました」
黒服の男は頭を下げる。
「よければ見学されますか?」
「いえ、彼女に悪いので、今日のところはこれで帰ります」
俺は道路の前で手を挙げた。タクシーが停車したが、さきほどの帽子の男がタクシーと俺の前に立ち塞がったのだ。
「新川様、よければ一緒にどうでしょうか」
男はそう言ってダンジョンの方を差した。
「失礼しました。わたくし、番組プロデューサーを務めております」
帽子の男はそう言うと目を虚ろにした。
「今からゲストとして番組に参加してもらえませんか? きっと大盛りあがりになるに決まってるんで」
「ちょっと待ってください」
俺は先にタクシーの運転手に謝罪をすると、タクシーはそのまま走り去った。
「俺のことを知っているんですか?」
「もちろん、無双のダンジョン探索者様ですよね?」
そんな呼ばれ方をしていたのか。
「失礼、動画は拝見させていただきました。あまりにも強いので無双が似合うかなと思いましたが、もっといい二つ名が欲しいですか?」
「あだ名ですか」
「いえ、二つ名です」
この人も癖の強い人だな、と俺は思う。じゃないと面白い番組なんて作れないか。
「無双で構いませんが」
帽子の男は残念そうな顔をして、ダンジョンの方に歩き出した。西園寺の側に寄っていくと、俺は彼女の前に立つことになった。
「夏愛さん、こちらの方と共演することになったから」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「新聞を読ませていただきました」
彼女はそう言って手を差し出した。手のひらをひろげ、握手を求めているように見えた。俺は彼女の小さな手を握った。
「よろしくお願いします」
西園寺の目を見ると、瞳の奥に闘志を感じた。メラメラと燃える感情を押し殺しているように思った。握手は強かった。そして、ふと俺は西園寺を推していたんだ、と思い出した。
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