第7話 訪問者
村沢を見送ると、俺は酔いを覚ますために歩いて家まで帰ることにした。深夜の誰もいない道を歩いていると、ふと今日出会った少年を思い出した。佐藤真人という中学生だ。軽い気持ちで彼にショートメールを送った。
「配信見たよ。西園寺さん、すごいね」
それだけ送ると、スマートフォンをズボンにしまった。家に帰り、スマートフォンをテーブルの上に置く。ベッドに横になるために寝室に向かった。翌日になって佐藤真人から返信が届いていた。
「新川さんは放送でコメントを残していました。僕それを見て驚きました。配信は最後まで見なかったのですか? 皆さん新川さんのコメントを待ってましたよ」
村沢の言葉を思い出す。俺がお祝いのコメントを残さなかったことで西園寺に嫉妬しているという話だ。どこか気分が悪いものだった。
佐藤真人への返信をする。
「途中で用事ができて、観るのを止めたんだ。皆には悪いことをしたかな」
ショートメールを送ると、俺は冷蔵庫から炭酸水を取り出してぐびっと飲んだ。自分のアカウントを覗いてみる。一つだけ挙げた動画の再生数が20億再生を超えていたのだ。主に海外からのコメントが多いのは以前に挙がった動画と変わりはないようだ。
ダンジョン界隈の動画は他のスポーツ系の動画と違うところがあった。それが臨場感と話題性だろう。モンスターを相手にしてる臨場感と、ダンジョンという話題性。
あと動画の中で、俺の動画が一番再生数が伸びていたのは動画界隈で新参扱いされているからだろう。どんなジャンルでも新参で突出をした人は特別扱いをされる。だからこの人気もいずれ落ちると思い、その波が収まるのを待つことにした。
それから一週間が過ぎた。再生数は22億で止まってくれた。チャンネル登録者数は、トップの配信者に近づいていた。またネットニュースでも連日のように俺の配信が扱われ、世の中も話題としてもちきりのようだった。ネットニュースのコメント欄を覗いてみる。
「すごすぎる」
主にこういったコメントが多かった。俺としては気持ちが良かったが、ここまで話題をつかんでしまうと、気になるのはやっぱり人物像になる。動画サイトの俺と、新川哲也を繋ぐのは、佐藤真人になるのだが、時間の問題だろうな、とは思っていた。
あと婦人警官も知っていたようだし、新聞記者と警察は繋がっていると言うからな。佐藤真人と連絡を取るのも控えたほうがいいかもしれない。俺は簡単な受け答えをし、彼とは距離を置くことにした。
それから一週間が過ぎた。
家のインターフォンが押されたのだ。表示された人物を見ると、短髪の男だった。宅配便かと思ったが、スーツを着ている。
「どちら様でしょうか」
俺は画面に向かって話しかけた。
「私、冬葉新聞の記者をしております」
「あ、どのようなご用件でしょうか?」
「ダンジョンの話をお聞かせ願いたくて」
「ダンジョンの話ですか」
俺は画面越しに男を睨んだ。ここで出てしまわないと、どこまでも追いかけられる気がした。素直に流れに任せるか。
扉を開ける。奥にもう一人いて、女はカメラをぶら下げていたのだ。
「冬葉社の記者をしております」
男は名乗ると名刺を差し出してきた。
「これは受けなければいけないんでしょうか?」
「変な噂が立つ前なので、今のうちに素性を明かしたほうがいいと思うんです」
男はそう言うと、真っすぐに目を見てきた。詐欺師のような印象を受けるが、男の言う事も一理ある。
「まあどうぞ」
俺が言うと、記者の男とカメラマンの女を家の中に入れた。俺はリビングの椅子に腰掛けると、他の椅子を差す。
「そこの椅子に座ってください」
男は無言で腰掛ける。女は俺にカメラを向けていた。
「いきなりですか」
俺が苦言を呈すと、男は後ろを向いた。女がカメラを下げるのだ。
「では改めまして」
そう言って、男は紙を渡してきたのだ。
「今回の取材に対してのお金になります」
そこには六桁の数字が書かれていた。
「別にお金はいいんですけど」
俺が言うと男は呆気にとられる。
「その前に、冬葉社に確認をとってもいいですか」
俺が言うと男はどうぞと手を差し出してきた。俺はスマホで冬葉社に電話をかけ、男の名前を挙げた。その男が家に取材に来ていると話すと、確認は取れた。
「お手数掛けました」
男が頭を下げる。
「取材ですか」
俺は苦笑いを浮かべ、椅子に深く座り直した。
「一つ聞きたいんですけど、いいですか?」
俺が言うと男は頷いてみせた。
「どうやって俺を調べたんですか?」
「それはですね。ここだけの話。警察からリークされたんですよ。社会的な影響が大きいとのことで、うちは警察に懇意にしているので、特別扱いということでしたね」
なるほど。佐藤真人は関係なかったのか。社会的に悪影響を及ぼす理由がわからなかったがその辺は聞かないでおいた。
「新川さんはどうして顔を伏せていたんですか?」
「それは、あの動画のことですか?」
「それもそうですが、ダンジョンで名を挙げた人は多くいます。その中に入りたくなかった理由をお聞きしたいのですが」
「そうですね」
俺は考え込んだ。有名人になるのが嫌だったというのが答えだろうか。
「世の中何があるのかわからないじゃないですか」
「例えば、何を想定しました?」
「うーん。変な人が寄ってくるとか。あまり人付き合い得意じゃないので」
「私もです」
記者の男はそう言って笑った。後ろの女はメモを用意してペンを走らせていたのだ。
「ダンジョン歴はどれくらいなんですか?」
記者の質問に答える。他にも一般的な質問を受けた。俺の人物像に迫るものばかりだった。男は立ち上がり、女の方を確認した。
「写真を何枚か撮ってもいいですか?」
「顔を写さなければ」
「それがですね。警察は早く顔出しをして欲しいようです。他のダンジョン探索者に影響がありますので」
「本当ですか?」
「そうですね。例えばこんなことを言っていました。ダンジョン探索者の詮索が行われている。取材だけならいいのですが、世の中には記者を自称する方もいらっしゃるじゃないですか。警察は私共に新川哲也さんの顔を出させることを条件にしています」
「そんなことが」
「よろしいでしょうか?」
「まあ、いいですけど」
俺は椅子に腰掛け、写真を何枚か撮られた。
「たぶん、新川さんの思っているような問題は起きないと思いますよ」
「どういうことですか?」
「ちょっと飛び抜けてますからね」
飛び抜けている、その言葉を聞いて少し気持ちが楽になった。
「うん、まあ、悪いようにはならないと思います」
男はそう言って立ち上がろうとした。俺は無言だった。
男が荷物を手にしたところで、彼を呼び止めた。
「今って西園寺夏愛さんとの関わり合いが話題なんですよね?」
「そうですね」
男は苦笑する。
「いつかお手合わせできたらいいですね」
「そうですか、はは、いやあ面白い話が書けそうです。今日は突然の訪問の応じていただきありがとうございました」
男は頭を下げ、俺は玄関まで見送った。扉が閉まると、女の喜々とした声が聞こえてきたのだった。
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