第6話 推し
ベンチから立ち上がり、スマートフォンをズボンのポケットにしまった。すぐにズボンが振動し、着信が鳴った。取り出して確認すると、村沢から電話が掛かってきた。
「よお、飲みに行かねえか?」
「配信見たのか」
「夏愛ちゃんのお祝いしようぜ」
「もう24時過ぎてるんだが」
「冴えねえな。エンシェントドラゴンに勝ったんだぞ。それに、例の人も嫉妬してたしな」
「例の人って魔王様って呼ばれてたやつか?」
「そうだよ。観てた癖に、おめでとうも言わないのは嫉妬してんだろ?」
「そんなわけねえだろ」
俺は声を荒げた。
「どうした?」
村沢の声を聞いてすぐに冷静になる。
「だってあの人って雲の上の人だろ?」
自分で言っていて嫌な気持ちになった。
「夏愛ちゃんはいずれ、正真正銘のトップオブトップになる」
「そうか」
「なんだよ。乗り気じゃねえな。飲みに行かねえのか?」
「酒は飲みたい」
「駅前に集合な」
俺は公園を出ると駅の方に向かった。村沢とは地元が同じになる。腐れ縁という仲だった。悪いことさえしてないが、悪戯は村沢と一緒にした。ダンジョンの探索もしたが、こいつは今は誘ってやこない。俺は村沢がダンジョンの探索を諦めたと思っていた。
駅前にやってきたが、あいつはまだ来ていなかった。メールを送るが、「悪いすぐ行く」と返事がきただけだ。誘っておいて俺よりも遅いってどういうことだ。まあ、いつも通りなので慣れてはいた。
村沢がラフな格好でやってくると、俺は缶ジュースをゴミ箱に入れた。
「ダンジョンって夢があるな」
俺の顔を見るなり、村沢は開口一番にダンジョンの話題を振ってきた。
「エンシェントドラゴンまで倒せるなんて、夏愛ちゃん輝いていたよな。俺、一生付いていくって決めたわ」
「そりゃあすげえな」
俺が適当に返すと、村沢はさらに西園寺を褒めだすのだ。
「いずれはダンジョン支配者まで倒せるに違いない」
「それはない」
俺はそう言って居酒屋の階段を降りていく。振り向くと、村沢が呆然と俺を見下ろしていた。
「どうした?」
俺が言うと、村沢は笑い声をあげて階段を降りてきた。店内に入ると、カウンター席を通り抜けて座敷に入った。あぐらをかいて床に座る。村沢が向かいに座ると、寝転がった。
「まじで、夏愛ちゃんと付きあいたいわ」
「今、フリーなんだっけ」
村沢は起き上がると、注文票を手にした。そして無言で注文を決めると呼び出しのボタンを押した。急に機嫌が悪くなった気がした。
「俺はまだ決まってないんだが」
店員がやってくると、村沢はビールとツマミを注文する。店員が去ると、俺は村沢に理由を聞くつもりだった。
「おまえさ、ダンジョン探索していて西園寺さんに嫉妬してるだろ?」
村沢はそう言うと、ゲラゲラと笑った。
「なんだよ。図星なのかよ」
「嫉妬なんかしてねえよ」
「でもすげえよ。ダンジョンの探索してるんだな」
村沢に褒められ気まずい空気が流れる。
「なんだよ。変に褒めんな」
「ダンジョンレベルはどれくらいなんだ」
ダンジョンレベルとはステータスとは別にダンジョンのどの程度まで進めるかの指標であった。俺のレベルはSのブラックレベル。上限がなく、どこにでも行けるレベル。
「Eのブロンズからレベル上げたのか?」
「言いたくない」
俺が言うと村沢は眉間にしわを寄せた。店員が料理とビールを運んで来て会話が途切れた。村沢と乾杯をすると、村沢はスマホを操作し始めた。音が流れてきて、西園寺の声が聞こえてくる。
「まだ放送してるのか?」
「そうだよ」
俺もスマホで生放送を閲覧してみると、西園寺はエンシェントドラゴンを倒したのを申請しているようだった。ダンジョンレベルが上がったのを喜んでいる姿があった。
「Sのプラチナレベルだってよ。夏愛ちゃんもここまで来たか。俺、ファンやってて良かったわ」
「そうだな」
村沢はビールをもう一つ注文する。すでに酔いが回ってきていて、顔が赤くなってきていた。
「俺もダンジョン行こうかな。なあ、行こうかな」
村沢はそう最後に言うと、座敷部屋に横になった。
「だいぶ酔ってるな」
俺が言うと、村沢は寝そべりながら話しだした。
「酔ってませんよ」
「酔ってるだろ」
俺が笑い声をあげると、村沢は怒ったような口調で話す。
「酔ってないってよ。ああ、なんか面白いことねえかな」
「面白いことね」
「そうだよ。面白いこと、あっと驚くような面白いこと僕、募集してます」
村沢はそう言うと寝息を立て始めた。
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