第4話 かつての推し

 中学生らしき少年だった。座高はそんなに高くないし、足も投げ出しているわけではない。身長は高くないよう。一方で顔にはあどけなさがあり、明るい表情を浮かべていた。少年のような、という表現はこういう顔を言うのだろう。俺は彼の隣にすっと座った。


「交番に届けてくれた?」

「あ、あ、すみませんでした」


 少年はそう言うと、頭を下げてきたのだ。確定ではあるが、そこまで謝る必要は感じていなかった。


「その件はもうなし、飯屋って言っても未成年だよね?」

「はい、13です」

「若いね。名前聞いてもいいかな?」

「佐藤真人です」

「俺は新川哲也」

「新川さんなんですか」

「そうだよ」


 俺はなぜか自慢げに答える。


「で、食べたいものある?」

「実は」


 そう言って佐藤真人は紙を取り出した。真面目に食いたい物を書いてきたらしい。素直な少年だった。魔が差したという感じだろうか。俺は三十代になり、世代が違うので、感覚的にアップロードをする気軽さは持ち合わせていない。そこんところは年齢差で許すしかないだろう。


「フォアグラいいですか?」


 俺は自分の服装を見る。高級料理店になんとか入れるような服装だった。ラフだが、清潔感はあるほうだ。一方で佐藤真人の服装は、子供だから許されるだろう。汚くはないからだ。


「フランス料理とか食べたことある?」

「ないです」

「佐藤君は素直だね」


 俺はそう言って笑顔を作る。まあこういうのも悪くないと思い、近くのフランス料理店に予約の電話を入れた。


「あの」


 俺が電話をしまうと、佐藤真人は上目遣いで聞いてきた。


「西園寺さんのことはどう思っているんですか?」

「え、どういうこと?」

「西園寺さんは新川さんに勝ちたいと言ってました」


 勝ちたいと言われても、正直なところ負ける気はしなかった。彼女がライバル視しても、俺はすでに推してもいない。見下してもいないが、意識はどこかでしていると思う。以前は憧れていたが、今は一緒に難易度の高いボスと戦えたらいいなレベルである。


「頑張るしかないな」


 追いつかれないように頑張るという意味だった。


「新川さんは圧倒的ですね」

「あ、そういう意味じゃなくて」

「え?」

「俺も頑張らないとって意味でね」


 俺がそう言うと、佐藤真人は頷いてみせた。


「すごい努力しないといけないんですね。新川さんの高みってすごいです」

「褒めるね」

「僕も頑張ります」

「何かハマっていることがあるの?」

「ダンジョン研究会です。中学生なので、ダンジョンは行けなくて」


 どういうのを研究しているのか分からないが、俺は頷いておいた。


「その、ダンジョンは危ないところなんですか?」

「そりゃあねえ。運もある。実力もある。危険もある」


 俺は中学生の彼にわかりやすく伝えたつもりだった。


「西園寺さんも、危険なんですか?」

「隣り合わせってわけじゃないだろうけど、まあ背伸びしたら危険だろうな」


 自分で言っていて、俺の存在が彼女を危険に誘っているような気もした。背伸びするのかもしれない。焦りが、実力以上の挑戦をさせるはずだ。


「今日の23時に西園寺さんはエンシェントドラゴンに挑むらしいです」


 俺は少し考え込んだ。今の西園寺にエンシェントドラゴンは荷が重いんじゃないだろうか。


「見てください」

「ああ、見るよ。ありがとう」


 佐藤真人は笑窪を見せると、腹を抑えた。


「腹減った?」

「トイレありますか?」

「そっちか」


 俺はデパートを指さした。

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