第13話

日に日に愛を示す花が増えている。


(あれは、あの人の仕業ね…。こうなってくると、愛が重いわ)


エミリアの日記や手紙、そしてヴィクトルの情報から推測するに、ディオーナに伝わるようにとオリヴェルは陰ながらあれやこれや試みているようだ。


(嫌われていたわけではなく、好きすぎて近付けなかったということなのかしら?)


ディオーナは書庫の窓から見える木に花が咲いたのを確認すると、オリヴェルと直接対峙する為、書庫に彼を呼び出した。



「お呼び立てして申し訳ありません。少しお話しませんか?」


「ああ。しかしなぜここなんだ?」


「ここは、私達にとって重要な場所だと思っております。そのためこちらにお呼びしました」


「書庫が?」


「はい。まずこちらを見ていただけますか?」


すると、ディオーナは日記を手渡した。受け取ったオリヴェルが中を確認するとエミリアの日記であると理解した。


「エミリアの日記!?なぜ君が?」


「この書庫の本に紛れていました。珍しい物だと思い手に取りましたら日記で、中を拝見しましたらお二人の結婚の理由や、私を助けてくださったことなどが書かれていました。そして冒頭にありますように、貴方に真実の愛のお相手がいることも」


「!?」


「私が貴方をお見かけしていた場所はこの書庫と学園の図書館ですが、貴方は読書家では無いそうですね。なぜ書庫や図書館に?」


「…」


オリヴェルは恥ずかしさから上気した顔を見られたくなくて俯き答えることがなかった。


「それとヴィクトル殿下に私の趣味が読書であるとお話ししたところ、私が輿入れする直前に書庫に新書が増えたと教えてくださいました。こちらにある書籍ですか?」


そこにはディオーナが輿入れしてから読んだ本が山積みにされていた。


「…ああ、そうだ」


「貴方が用意してくださったので間違いありませんか?」


「…ああ、そうだ」


「それともう一つ、最近王宮に飾られている花が変わりました。どれも愛を示すお花です。こちらも貴方の指示で間違いありませんか?」


「…ああ」



ここまで確認を済ませると、ディオーナは1つ深呼吸をし、聞きたかったことを口にした。


「あの、貴方の真実の愛は私で間違いありませんか?」



すると、覚悟を決めたのかオリヴェルは顔を上げ、ディオーナの目を真っ直ぐ見つめ答えた。


「そうだ。間違いではない。ずっと君を想っていた」


ディオーナはフゥと息を吐くとオリヴェルを見つめ返した。


「やっと私を見つめてくださいましたね。私も貴方をお慕いしておりました」


ディオーナは朗らかに微笑んだ。その顔に見覚えのあったオリヴェルはハッとした。それはアルベルトとのお茶会で笑われたと思っていたものと同じだったからだ。しかし、今見ると笑われているとは思えない。愛しさを交えて見つめてくれているように感じるものであった。


「君も、私を?」


「はい。アルベルト様とのお茶会で貴方を知ってからずっと」


「あの時か…」


「はい。青空の元で見る貴方の瞳は透き通るように美しくて、輝く瞳というのはこのような瞳のことを言うのかと。あの時私は貴方の美しい瞳に恋に落ちたのです」


「私はてっきりアルベルトと共に私を笑っているのかと」


「『笑う』ですか?」


「ああ、私の顔が林檎のように真っ赤だと」


赤いという言葉に、『赤面症』が思い浮かんだ。


(そうか、この時から悩んでたのね)


「いえ、あの時私はほのかに紅をさした頬もまとめて貴方が美しく輝いて見えましたよ。エミリア様の日記から貴方が『赤面症』に悩み対人が苦手だとわかりました。しかし、徐々に克服したことも記されていましたし、今では貴族のご令嬢ともきちんと社交をされてましたから、苦手なのは私だけなのだと気付きました。やはり赤面症のきっかけが私だったからなのですね。ですので私は、私の想いを貴方にお伝えししっかりと克服していただこうと思ったのです」


「しかし、なぜ今?」


するとディオーナは窓の外を見つめた。


「花が咲いたので、貴方と向き合うのは今だと」


書庫から見える木はハナミズキだった。その花言葉は『私の想いを受けてください』だったのだ。


「花を飾るだけでなく木まで植えてしまうとは…。なかなか大胆な人ですね」


「それは、その、君が愛を諦めたと言っていたと聞いたから…」


「あら、それはヴィクトル殿下からお聞きになりましたか?そうですね。私には必要ありません」


「えっ?あ、いや、しかし、今、私を慕っていると…」


「ええ。慕っていましたよ?輿入れするまでは」


「つまり、もう私に想いはないと?」


「厳密にはそういうわけではございませんが、貴方への想いは一区切り致しました」


「えっ?」


「こちらに来てからの様々な私への対応を受けて、王家や貴方から私が期待されているのは妻でも母でも王太子妃でもなく、シルヴィア様の後任なのだと感じました。国母不在に備えたスペアなのだと理解しました。私は生まれた時からこの国の為に存在しているのだと改めて実感しました。ですのでその責務を全うする、それこそが私のするべきことであり、もうそれ意外は必要ありません」


「ディオーナ…。いや、あの、私の想いが伝わったのではないのか?」


「きちんと理解しましたしそれはそれです。それにしてもどさくさに紛れて私の名前を呼ぶなんて」


「あ、すまない。君を名前で呼んで良いだろうか?」


「夫婦なのですからよろしいのではないですか?………いえ、誓いの口付けは振りでしたから、正式に夫婦なのかも怪しいですね」


「!!!!!?」


最早、オリヴェルは完全に打ちのめされた。


「私からのお話は以上です。貴方からは何かございますか?」


「私は一体どうしたら?」


「これまで通り王太子のお務めをされたら良いのではありませんか?何も問題はないのでしょう?」


「しかし、やっと君に想いが伝わったのに…」


「そもそも伝えてくださったのはエミリア様ですよ?エミリア様の助けがなければ難しかったかもしれません。私を王太子妃に指名したのはエミリア様から相談を受けたシルヴィア様でしょう?貴方が望まれたことではないことくらい解ってます」


「!!!?」


オリヴェルはガクッと項垂れた。


「私は愛を諦めましたと申し上げましたでしょう?今は必要ありません。国母になるべく育ちましたので、その役目を終えたら隠退するつもりです。まあ、その後は自分の為に生きても良いのではと思っておりますわ」


言い終えるとディオーナはオリヴェルを残し書庫を後にした。



◇◇◇


その後王太子妃ディオーナは、精力的に国の為に奔走する。マルブロンと医療提携を組んだことでアイスタールの医療も格段に進歩を遂げた。このことから国内の各団体がディオーナに助言を求めるようになる。読書家だったディオーナの知識は幅広く、その膨大な情報は各々に役立てることになるのだ。ここから10年でアイスタールは先進的な国家として有名になり、異国からの留学生も格段に増えるのであった。ディオーナは『賢妃』と評価され崇められた。


王太子オリヴェルは幼き頃ディオーナのいる書庫に通うきっかけとなり、その後も知識を蓄えた植物の分野に特化することになる。成分を吸収し蓄える薬草を開発することに成功し、セントブランク川の水の流通がない地域へのマルブロン人の長期滞在が可能となった。


王子ヴィクトルは、敬愛するディオーナの背を見て育ち、自身の資質や努力の甲斐もあり立派な王太子となった。初恋の相手であるアストリッドとその後も愛を育み、二人は結婚することになる。もちろんアストリッドもまたディオーナの背を見て育ち、王妃になるための英才教育を受けたのであった。


第8代国王クリスティアンの存在は先代による国内の氾濫の鎮圧に繋がり、平和の象徴となった。王妃シルヴィアが逝去するとクリスティアンは王座をオリヴェルへと明け渡した。そして第9代国王オリヴェルと王妃ディオーナが誕生した。


第9代国王政権は長くは続かなかった。というのも、国王夫妻は隠退したのだ。王太子夫妻の間に王子の誕生を見届けると王座を明け渡した。国民はそれを惜しんだが、これまでの二人の功績と10代国王となるヴィクトルの圧倒的な存在感に納得せざるを得なかった。




さて、隠退した国王夫妻はというと仲睦まじく寄り添いながら、オリヴェルが選定した茶葉のお茶を嗜み、ディオーナが読書を嗜まれている姿が目撃されている。そのディオーナの手元にある本には、元の持ち主に戻ってきた栞が挟まっていた。


年々増えていくスターチスのドライフラワーに囲まれている二人の姿を、変わらぬ佇まいでハナミズキが見つめている。

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王太子妃になるべくしてなった侯爵令嬢は、その責務を全うする。 茉莉花 @matsurinka

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