第11話(オリヴェル視点)

あれだけ克服したかと思っていたのに、ディオーナと対面する自信は消え失せ、目を見ることなどできなかった。彼女への口づけなど出来るわけもなく誓いの口づけは振りをした。彼女が待つ夫婦の寝室に足を踏み入れる事が出来ずドアの前で右往左往して一夜を過ごした。毎夜彼女は律儀に夫婦の寝室に入っていると聞いたがやはり入ることができなかった。後妻となるディオーナを良く思わない者たちが陰であざけっていると聞いた。ヨエルからはディオーナに近付く努力をするよう都度言われた。朝起きた時、食事を終えた時、公務の時、夜寝る前もだ。オリヴェルのディオーナへの想いも知っているから余計に口酸っぱくだ。しかしオリヴェルにはどうすることもできなかった。


ディオーナがエミリアの死因を究明した。まさかヴィクトルや自分にも同じ病を発症する可能性があるとは驚きであった。ヴィクトルの療養にディオーナが付き添うとおよそ3ヶ月離れて過ごすことになった。その間は公務に忙しくしていたこともあり、ディオーナのことを悩む時間は少なく済んだ。ヴィクトルが戻ると妙にディオーナに懐いていることに驚いた。ディオーナに対峙する時は目を輝かせ姿勢を正し彼女の話を傾聴している。ヴィクトルがディオーナに敬意を示している様子から、仕えているものたちがディオーナを見る目が変わった。もう彼女の事を陰でもあざける者など誰もいなかった。



結婚披露と王太子妃披露を兼ねたパーティーを行うことになった。初めてディオーナから対話の申し入れがあり執務室に迎えた。衣装を用意したいから希望はあるかと聞かれたが全てを彼女の思うがままにしてもらいたかったオリヴェルは、好きな色を聞かれ「君の自由に」と答えた。壁際にいたヨエルと彼女の侍女カロラが視界の隅に見えたが2人は開いた口を塞ぐ気もなく青ざめていた。すると、「くだらないことにお時間を割いていただきありがとうございました」と彼女が席を立ってしまった。ヨエルは肩を落とし、カロラは怒りを含ませた視線をこちらに送っている。まずいことになっていると理解したオリヴェルは


「あっ、待ってくれ…」


と声をかけたが、ディオーナは足早に退室してしまった。立ち呆けているオリヴェルにヨエルは会話の矛盾を指摘した。


「妃殿下は『君の自由にしてくれ』と言われたから、夫である殿下のお好きな色を使って衣装を用意されようとしたのではないですか?」


「あっ…」


「それを貴方は『君の好きなように、自由に』と話の裏を読み取らず妃殿下のご質問にお答えにならないから…。ただ一言殿下のお好きな色をお答えになるだけでよかったのですよ?」


「はあぁ。そうか、そういうことか…。なあ、ヨエル?妃殿下は怒っているだろうか?」


「いえ、恐らく呆れられたかと…」


「どうしよう」


「こればかりは直接お話をされるべきだと思いますよ。妃殿下をお訪ねになってはいかがですか?」


ディオーナは今もなお夫婦の寝室で休んでいるという。二人きりで話が出来るかは怪しいが誠実さは伝わるだろう。この夜は勇気を振り絞り夫婦の寝室に入ったのだが、そこにディオーナはいなかった。以降、ディオーナは私室で就寝しており、夫婦の寝室に入ることはなかった。




パーティー当日、用意された衣装に驚いた。オフホワイトの生地にターコイズブルーの刺繍が施されている。ターコイズブルーはいつもであればパートナーであったエミリアが纏っていた色だ。


(では、彼女は一体何色を?)


ディオーナを見つけるとこれもまた驚いた。同じ生地にエメラルドグリーンの刺繍が施されているのだ。とても彼女に似合っていると思った瞬間に、その色は彼女の瞳の色であると気が付いた。


(それぞれ自分の瞳の色を纏っているのか)


ヴィクトルがディオーナを褒め称えている。素直に「美しい」と伝えているヴィクトルが羨ましかった。母シルヴィアも会話に加わると漏れ聞こえた台詞にうちひしがれた。


「王太子殿下はこだわりないそうですから」


自分がこだわったのは『ディオーナが好むものであれば良い』ということだった。しかし、会話が全くといっていいほど出来なかったために、『衣装など何でも良い』と思っていると思われてしまった。対話が出来なかったため誤解を解けなかった。


(ますます気まずい…)


エスコートをするために彼女の横に立ったが、何と声をかけたら良いかわからない。手が差し込めるよう肘を曲げ差し出すと理解してくれたのか手をかけてくれた。すぐ隣にディオーナがいる。ちらりと横目で見ると肩口がレースで透けて見える。彼女の色気を感じると更に高揚すると同時に緊張し始めた。


(どうしよう…。顔は赤くないだろうか。心の音が伝わってないだろうか…)


考えれば考えるほどディオーナとの距離を縮めることが難しくなり、彼女を寄せることが出来なかった。するとディオーナから提案された。


「王太子殿下。公の場くらいは大人な対応をお願いいたします。私は王家から望まれて王太子妃になったのだと知らしめる為にも、私に対して友好的な態度をとってくださいませんか?最低限、ファーストダンスだけはきちんとお相手してくださいませ。以降は別行動でも構いませんから」



(友好的な態度?嫌ってなど全くいないのに…)



ディオーナとの社交は初めてになるが、エミリアの時の比ではない程やりやすかった。アイスタールの貴族の情報が全て頭に入っているのかと思うほど完璧で、自分はただ横にいるだけで王太子の威厳も保たれる形で社交が進んでいく。ただ1点、ディオーナに対してだけ緊張感は抜けなかった。ファーストダンスを踊ったが、輝くように美しい彼女を前に平静を装いながらなんとか終えるので精一杯だった。リードしなくても彼女は間違えることなく踊りきった。


(すごい…)


ファーストダンスを終えるとパートナーを変えて踊ることになった。ディオーナの相手はエドガー・オーケルマン侯爵だった。二人は笑みを浮かべながら会話を楽しんでいる。自分とのダンスでは仮面を貼り付けたような笑みだったのにも関わらずだ。とてもお似合いだと思ってしまった。ふと自分のダンスパートナーとなったルイース・エクストランド侯爵令嬢に目を向けると、優越感に浸ったような表情をしていた。王太子の2人目のダンスパートナーに選ばれたことが余程嬉しかったのだろう。会話がなかったことを詫びるためちょっとした言い訳をした。


「会話もなくつまらないだろう、ダンスに集中してしまった」


「いえ、ダンスパートナーに選んで頂けて光栄ですわ。前王太子妃殿下も王太子妃殿下もオリヴェル殿下とお歳が同じでしたものね。私は一回りも違いますし新鮮でございましょう?愛妻家と有名な王太子殿下が後妻をなかなか迎えなかったではないですか。我がエクストランド家もエルヴェスタム侯爵家と同等の家格ですし私も少し期待していたのですよ?後継者を授かるのでしたら私のように若い者の方がよろしいのではとも思っておりましたの」


本人は含ませて発言しているつもりなのだろうか、それでもあまりにも失礼な発言にオリヴェルは黙ってはいなかった。


「家格が同等?同じ侯爵家でも王国への貢献度は全く違う。2つの家門を一緒にしないで貰いたい。それに王家がすんなり変わったから高位貴族であれば誰でも嫁げるとでも思っているのか?私達は元々公爵家だったがそもそも王族だ。それなりの教育を受けてきた。同じにしないでもらいたい。ディオーナに関しても彼女は生まれた時から前王太子の婚約者として妃教育を受けてきた。君が若いから何だ?では嫁ぐ前に約10年、優秀であれば5年くらいか?厳しい妃教育を受けられるか?嫁ぐ頃には今のディオーナと同じ歳くらいになるだろうな。その頃には息子のヴィクトルが成人し妃を迎えるだろう。私に新しい跡継ぎは必要なくなる。まあ、元より人格者でなければならないし君では資質が問われるな。王太子は愛妻家で有名なのだろう?今の妻はディオーナだ。心得ておけ」


珍しく雄弁に語ったオリヴェルにルイースは顔を強張らせ「申し訳ございません」と小さく答えた。この後は適当に社交し、この日を終えることになった。



「殿下のお言葉が妃殿下の元へと伝わると良いですね」


「え?」


ヨエルは令嬢への対応を目撃し、オリヴェルを見直していた。


「愛妻家の王太子の今の妻はディオーナ様であるというお言葉です」


「あ。あれはつい咄嗟に、頭に血がのぼってしまって」


「いえ、端から見ていましたらとても冷静だったと思いますよ。エクストランド侯爵令嬢の武器は若さと美しさなのでしょうね。賞味期限は早いということに早くお気づきになると良いですが」


「高位貴族であるにも関わらず年頃で婚約者もいない。余程人気がないとみた」


「殿下への発言として随分と失礼でしたものね。エクストランド侯爵も娘を利用しようとしていたのであれば、それでなくても野放しにしているのであれば、あまりあの家に関わらない方がよろしいでしょう」


「全くだな」


オリヴェルもこのパーティーで収穫があり、有意義な時間となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る