第5話

それから数日後、シルヴィアに呼び出されたディオーナはティータイムを共にした。


「随分とヴィクトルは貴女に懐いていますね」


シルヴィアはディオーナにすっかり心を開いているヴィクトルの様子に満足気であった。


「懐いているというよりは、敬愛といったところでしょうか」


「敬愛ですか?」


「はい。私を命の恩人だと仰っていましたから。私の信念もご理解いただけたようで、私に対しては尊敬の部分が大きいように感じています。そのようなお気持ちは嬉しいですしありがたいことです」


「そうでしたの。対してオリヴェルとご一緒している様子がありませんが、何かありましたか?」


急にオリヴェルとの関係を問われたディオーナは、特に報告することも何もないため事実を隠すことなく伝えることにした。


「いえ、何もございません。良いことも悪いことも全く」


「良いこともですか…?」


「…?はい。交流が全くございませんので、何もありようがございません」


「…そうでしたの」


シルヴィアは少し困ったような表情を浮かべていた。これ以上はオリヴェルの話は出来そうにないと悟ると話題を変えた。


「私とヴィクトルの体調も回復したことですし、貴女を国民にお披露目する場を設けておりませんでしたので、大きなパーティーを開こうと思うのです。さらにヴィクトルが10歳を迎えたことですし、そろそろ婚約者候補を考えたいと思っています。貴女とヴィクトルの様子からヴィクトルの婚約者選びを貴女に主導していただきたいと思うのです」


「ヴィクトル王子の婚約者を、私がですか?」


「ええ。政略的に結びたいお相手がいるわけではありませんので、ヴィクトルに相応しければそれで良いと考えています。貴女ならばそれを見極める目も肥えていることでしょう」


(つまりはヴィクトル様の婚約者選びを内々に進めていくことが目的よね。私の披露パーティーという名目でこちらがオマケかしらね)


「承知しました」


「貴女のお披露目パーティーは1ヶ月後とします。それまでに準備をお願いしますね」







ディオーナは早速オリヴェルに対話の場を設けることを依頼し、ほぼ初めて2人で向かい合って会うことになった。


「突然、申し訳ありません。お時間いただきましてありがとうございます」


「…いや、…その、そこに掛けてくれ」


オリヴェルは相変わらず目を合わせることなく、ソファに腰を掛けるよう促した。


「どうしたんだ?」


そもそも夫婦なのに許可を得ないと会話する時間もなく過ごしていることが珍しい。


「先ほど王妃殿下から、私の披露パーティーを催す為準備をするよう仰せつかりました。衣装を用意したいのですがどのように致しますか?」


「そんなの、君の好きなようにすれば良い」


「…」


夫婦となって初めて公に披露する場だ。オリヴェルの希望を聞いて考えようと思っていただけに返ってきた言葉が胸に突き刺さった。


「それでは殿下のお好きな色を伺ってもよろしいですか?」


「え?…私のことはいいから。君の好きなようにと言っただろう」


(好きなようにと言われたから、オリヴェル様の好きな色を聞いたのに…)


「ですから、殿下のお好きな色を聞きたかったのですが…」


「私に合わせることはない。君の自由にしてくれ」


(これじゃ堂々巡りね。もういいわ)


どの言葉も食い気味に返答され、会話をする気が感じられなかったディオーナは大きくため息をついた。


「そうですか。わかりました。くだらないことにお時間を割いていただきありがとうございました」


そう言うと席を立ち、すぐに入り口に向かった。後ろから何か聞こえた気がしたが、もうその場にいたくなかったディオーナは足早に退室した。




それからはいつも通りの日々を過ごし、新しい王太子妃のお披露目パーティー当日を迎えた。



「ディオーナ様、とてもお美しいですね」


ヴィクトルはこの日もディオーナ贔屓が過ぎる。


「あら、どちらでそんなお世辞を覚えたの?うふふ、ありがとうございます」


「お世辞などではありません。ほんとうにお綺麗です」


この日のドレスはオフホワイトを基調とし、首から胸元にはレースをあしらい露出を抑えている。ドレスの裾にはエメラルドグリーンの糸で刺繍が施してある。そしてオリヴェルには同じオフホワイトの生地で、同じ柄のレースや刺繍を施しペアであることを強調させた。刺繍糸の色はターコイズブルーだ。この色はそれぞれの瞳の色であるが、互いの色を纏ったのではない。それぞれ自分の色を纏っている。


「素敵なドレスですね。白基調とはいえオフホワイトですか?」


ここにシルヴィアも加わった。


「はい。王太子殿下は2度目の結婚ですし、披露パーティーであって結婚式というわけではございませんから」


「そう。でも貴女は1度目ですのに」


「王太子殿下はこだわりないそうですから」


それを聞いてシルヴィアは困ったように眉尻を下げた。


会場の準備も整い招待客らも揃ったところで、王家の面々も入場することになった。オリヴェルが何も言わずに静かにディオーナの横に立つと、肘を差し出した。エスコートの為だとディオーナも悟り腕の間に手を差し入れたのだが妙に距離があり、そこからオリヴェルは腕の位置を変えて距離を縮めようとはしない。


(そんなに私に触れるのは嫌なのかしら…)


明らかにディオーナと触れる面積を少なくするように努めている様子にタメ息が漏れた。


「あの、王太子殿下。公の場くらいは大人な対応をお願いいたします。私は王家から望まれて王太子妃になったのだと知らしめる為にも、私に対して友好的な態度をとってくださいませんか?」


「…え?」


「最低限、ファーストダンスだけはきちんとお相手してくださいませ。以降は別行動でも構いませんから」


「…ああ」




入場し国王の挨拶が終わると、ディオーナが紹介され一堂は歓喜に湧いた。


オリヴェルとディオーナは主要な高位貴族らとの挨拶を済ませると曲が流れ始めたのを合図にファーストダンスを踊った。軽く重なる手と手、腰に回された手もただ回されているだけで引き寄せる感じではない。ただ、端から見れば完璧に踊っているように感じられるものであった。


(さすが、オリヴェル・アールグレーン様ですわ。どこかのポンコツ王太子とは違って優秀ですこと。だからこそ余計に、私に対する距離感が悲しい)


ダンスを終えると2人は離れた。すると、ディオーナはすぐに別の者からダンスに誘われた。快く受けるとオリヴェルも別の者からの誘いに乗り各々パートナーを替えて踊り始めた。


「踊ってくださりありがとうございます。貴女のことは憧れでもありまして、実は私は貴女に縁談を申し込んだことがあるのですよ」


ディオーナの相手はエドガー・オーケルマン侯爵であった。アルベルトとの婚約が白紙となり両親と療養をしていた頃に縁談を申し込んできた者だった。


「オーケルマン侯爵。当時はまだ侯爵令息でしたわね。お応え出来ず申し訳なかったですわ。ただ、貴方には感謝したかったのです。当時私に婚約を申し込んでくださった方の中で唯一まともなお方でしたから」


「まともですか?」


「ええ。他は女性関係の噂が絶えないお方でしたり、もう余命も幾何もないお方でしたり、訳ありのお方ばかりでしたので。私も訳ありになってしまった訳ですから仕方のないことなのでしょうけれど」


「そんな、それは貴女の所為ではないでしょうに」


「私は自由もなく努力の日々を過ごしていましたから、あの時両親は何にも縛られることなく自由にと全ての縁談を断ったのです」


「しかし、それなのに今このように王家に嫁ぐなんて…」


「では皆さんは私が王家に入ったことを歓迎してくださっているように思いますが、それはなぜですか?」


「それは、貴女がこの国に相応しいお方だと思うからです。貴女であれば間違いないと」


「そう思って貰えているのならばそれが理由です。私はこの国の為になるよう育ちましたから。王太子妃にはなるべくしてなったのです。そのような運命なのです。国民の期待にも応えたいと思っております。ご理解いただけましたか?」


「とても素晴らしい覚悟と信念ですね」


エドガーは感嘆した。その様子にディオーナは再び感謝を伝えた。


「貴方は今日も救ってくれています。国民の期待と言いましたが好奇の目で見られていることも知っています。そんな中お声をかけてくださった」


「いえ、ただ私は貴女と踊りたかったですし、貴女とお話したかっただけですよ」


エドガーは少し照れた様子を見せた。


「オーケルマン侯爵夫人はイングリット様でしたわね?」


「はい。学園で同級生だったことがきっかけでして…」


エドガーはディオーナとの縁談が進まなかった為、別の女性を伴侶に迎え家庭を築いていた。


「とても素晴らしい方を伴侶になさいましたね。同級生でしたの?私も王太子殿下とは同級生でしたのよ?」


そう言うとディオーナは優しい笑みを浮かべた。エドガーは理解した。ディオーナが王家に嫁いだのは運命だけではない、オリヴェルだったからだ。真の理由を覗けたことにエドガーは満足した。


「お子さまはいらっしゃるのですか?」


「はい。8歳の長女と5歳の長男がおります。そして今、妻は3人目を身籠っておりますよ」


「まあ。素晴らしいです。この先もオーケルマン侯爵にはこの国を支えていく存在となっていただきたいと思います」


「もちろんでございます。私たち夫婦は貴女の味方です、王太子妃殿下」


「ありがとう」


ほんの一時の出来事であったが、ディオーナにとっては有意義な時間となった。エドガーは心からディオーナを心配しているようであった。今後も味方となってくれるであろう。



この後は数人と踊ると、夫人らと歓談した。


夫人らは王太子夫妻の仲を知りたがっているようだった。しかしあからさまな質問を問われることはなかった。


「本日のドレスはとても素敵でいらっしゃいますね。オフホワイトであることも驚きましたが、首元のレースが上品ですわ」


「今回は結婚後初の公式パーティーでしたし披露宴を兼ねておりましたから白をベースに致しました。首回りや肩の露出が多めであることが今の主流であるようですが、私はそこそこいい歳ですし、レースで露出する部分を調節したのです。いかがですか?」


「ええ。上品で大人な色気が漂って素晴らしいと思いますわ」


「私も真似させていただいてもよろしいですか?」


「ええ、是非」


「それにしても、刺繍のお色が自身の瞳の色でらっしゃいますのね?パートナーのお色ではないのですか?」


「未婚であればパートナー色に染めるのもわかるのですが、結婚しておりますから自分が誰の相手であるのかまわりに知らせる必要はございません。それよりも、自分が最も輝けるお色を纏うのがよろしいかと思うのです。今回は結婚披露のため白を基調としましたので瞳の色を差し色にしました。自身のテーマカラーやお好きな色を差し色にするのもよろしいと思いますの」


「好きな色というのはわかりますが、テーマカラーや自分が輝ける色というのは新鮮ですわね。確かに流行りであったとしても、自分に全く似合わない色ってございますものね」


夫人らは流行や周りからの評価など気にせず、今の自分自身の魅力を引き出すディオーナの考え方に共感した。自然とオリヴェルとの仲のことは頭から消え、ディオーナから学べることはないかと積極的に歓談するのであった。この日から令嬢らと夫人らでは纏うドレスの流行りが変わるのであった。



ディオーナがオリヴェルに目を移すと、主要貴族と歓談しきちんと社交していた。


(会話が苦手というわけでもないのね…。笑みも浮かべていらっしゃるわ。無愛想なのは私だけ…、私に対してだけなのね…)

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