第4話

3ヶ月程の療養を終え、ディオーナとヴィクトルは王宮に戻った。ヴィクトルはすっかり健康を取り戻し、王子教育に勤しむ毎日を送っていた。ディオーナも相変わらずその姿を見つめる日々を送っていた。


「随分と熱心ですね、殿下」


「ディオーナ様のお話を伺ってから、もっと覚悟を持って取り組もうと思ったのです」


「とはいえ、根詰めすぎではありませんか?」


「いえ、貴女に救ってもらった命です。貴女が私を立派な国王に育てる命を受けていらっしゃるのでしたら、貴女の為にも私は立派な国王になることこそが恩返しになると思ったのです」


「…。それは嬉しいお言葉ですわ。ですが殿下?貴方はまだ10歳の少年なのです。少年らしく息抜きしてもバチは当たらないと思うのですよ」


「…。息抜きですか?」


「ええ。遊びです」


「遊ぶだなんて!」


「様々な視点や知識を取り入れることは決して悪いことではございませんし、それを遊びながら学ぶことだって出来ると思いますよ?」


ヴィクトルは教育係を見つめた。この教育係はディオーナが王太子妃教育を受けていた頃から王太子教育を担当しているヘンリクであった。ヴィクトルはヘンリクに許可を得られるか心配した。


「殿下。教育の進捗具合は十分でございますので、妃殿下の仰る通り息抜きされてもよろしいと私も思います」


「ほんとうに?」


「ありがとう、ヘンリク。良かったですわね、殿下」


「あの、ディオーナ様も遊びで息抜きをされていたのですか?」


「私はしておりませんでしたよ」


「でしたら、私もそのようなことは…」


「だからこそです。もう少し遊んでも良かったのではと思ったのですよ。そのような経験も必要であったと。それに、私もぎっちり詰め込んで教育を受けまして学園に進む頃にはある程度終わっていたので余裕も生まれたからか、はたまた婚約者であった王太子の怠慢の為かはわかりませんが、王太子教育の一部を受けさせられました。本来であればこの自由になるはずの時間に自分のことが出来たかもしれなかったのに。今の貴方の資質や教育に励む姿勢からは、同じようなことは起こらないと考えます。後の王太子妃に迷惑をかけない程度ならば息抜きもよろしいと思いますよ。配分はヘンリクがしてくださることでしょう」


ヴィクトルがヘンリクを再び見つめると、ヘンリクは笑みを浮かべていた。


「ありがとう、ヘンリク。それにしても、ディオーナ様が王太子教育も受けていらしたなんて…」


「といっても、一部ですよ?近隣諸国の言語と歴史に社会学、それから帝王学もかじりましたかしら?語学は広く浅く学べば会話に困ることはないのですが、2人がそれぞれ東側と西側といったように力のいれ具合を分担して理解を深めておけば外交で助け合えますが私はそれが期待できない状態でしたので、全てを私が学ぶことになったのです。とはいえ、私が彼の隣に立ちお支えする機会が来ることは一切ありませんでしたけれどね」


「妃殿下は努力のお人でしたし、飲み込みも早く私どもとしましても、たいへん教え甲斐を感じておりましたよ。王太子教育も経験されている妃殿下ならば、ヴィクトル王子殿下の教育に付き添われておられるのも適任であると思います」


自分の教育を陰ながら見守っている背景を知り、ヴィクトルは唖然とした。そんなことは露知らず、ディオーナは息抜きの話を再開した。


「ええ。不思議なご縁ですね。さて、息抜きにやりたいことはございますか?」


「…。いえ、急には思い付きません」


「でしたら、トランプでもいかが?神経衰弱でもしましょうか?」


「神経衰弱ですか?」


「記憶力を鍛えられますわよ」





ディオーナの圧勝であった。





「凄すぎます、ディオーナ様」


「うふふ。何事も経験ですわね」


「記憶力…。役立てる場所はあるのですか?」


「私は、パーティーで役立ててますわよ?挨拶が終わってパートナー同士が別行動をとっていてもどなたがペアであるか把握しておけます。パートナーが必ずしもご夫婦というわけではありませんし、学園では婚約者であったり恋人であったりもございます。その日の即席のパートナーであったとしても間違えません」


「そんな応用の仕方を?」


「爵位に始まり何から何まで記憶しておくこともなかなか難しいこともございます。もちろん事前に把握はしておりますが、完璧に覚えておくこともなかなか厳しいですから」


「トランプはよく遊んでいたのですか?」


「いいえ」


「では、ディオーナ様は何をして息抜きを?」


「私は読書が好きなのです。空き時間があればよく図書館や書庫に籠っておりましたよ」


「それで、書庫に本が急に増えたんですね」


「何のことです?」


「王宮内の書庫に新しく本が大量に増えたんです。ディオーナ様が王宮に入られる直前だったかと思いますので、ディオーナ様がお持ちになったのですか?」


「…。いいえ?私は持ち込んでおりませんわ。そうですか、新しい本が…。王太子妃教育のために王宮に通っている頃に読み漁らせてもらったので、もう読んでいないものはないかと思っていましたから書庫に行っておりませんでしたわ。では今度書庫を見学したいと思います」


こうして、ディオーナは新たにやることが増えた。

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